闇と栄光

 

第四章 炎

 

 

 

 それは、二度と聞きたくなかった名前。

 忌まわしき名。

 ……ククール。

「そうか君… お前がククールなのか。

 …出て行け。

 出て行けよ。お前は…お前なんか 今すぐここから出ていけ!

 ………。

 ……お前はこの場所まで僕から奪う気なのか?」

 

 母と共に彷徨った日々。

 行く先々で浴びせられた侮蔑をこめた眼差し。

 

 またあの日々に、逆戻りなのか……!?

 

 マルチェロは、逃げるようにその場を立ち去った。

 しかし、胸の動悸はおさまらない。

 マルチェロに何か話しかけて来る者があったが、それすらも動揺を誘う。

 ……その笑顔が、今にも軽蔑の表情に変わるのではないかと。

 

 今マルチェロに向けられている、温かい眼差し。

 信頼。尊敬。笑顔。

 それらが全てククールの奴に向けられ、自分には何も残らない。

 自分は再び「汚らわしい不貞の子」にー。

 

 ……いや。

 させるものか。

 そんなこと、決してさせるものか!!

 

 僕は「将来有望な騎士見習い」だ!!

 それをあんな奴に……あんな奴に、二度と奪われてなるものか!

 

 ……力を手に入れよう。

 一刻も早く、高い地位を手に入れるんだ。

 誰に脅かされることのない、高い地位を。

 そして……

 そして逆に、追い出してやる!!

 

 今に見ていろ……。

 今度追い出されるのは僕ではない、ククールだ!!

 

 

 マルチェロは、裡なる衝動のつき動かすままに、拳を壁に打ち付けた。

 と同時にそこに小さな炎が生じ、壁を焦がした。

 メラの呪文だ。

 本来、修道院で学ぶのは、ホイミやキアリーなどの回復系の呪文が主で、攻撃呪文は、神の風の呪文、バギ系―。

 メラ系は魔道士などが使う呪文で、その知識だけはあったものの、マルチェロのような神に仕える立場の者には使えるはずのないものだった。

 それが今、こうして使えた。

 胸の内にたぎる炎が、形となったかのように。

 

 ……この時から。

 マルチェロは、神に仕える者とは別の道を歩み始めたのかもしれない。

 幼い頃、胸の内につけられた炎は、自己の内にはとどまらず、ついには外へと溢れだし、その強すぎる炎は、最後には自らをも焼尽くすのだ……。

 

 

 

2005.10.2

 

 

 

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