闇と栄光

 

第十一章 まず光があった

 

 

 修道院を出たとき。

 何もかもが、どうでもよかった。

 一応ドルマゲスを倒すという目的がありはしたが、それさえもどうでもよくて。

 ただ、他にすることもないから、成り行き任せで、よく知らない連中と旅を始めた。

 ―ただそれだけ、だった。

 

 修道院にいる間、マルチェロは徹底してククールを無視し続けーついに一度も心を通わせることなく別れることになったのだ、。

 けれど、いい機会かもしれないとも思った。

 ―自分の存在は、どうしたって兄を苛立たせる。

  少し、距離を置いた方がいいかもしれないと。

 

 そう気を取り直して、今はただ待つことにした。

 これがマルチェロにとっていい機会というなら、自分にとってもいい機会。

 窮屈な修道院を出たのだから、この際、思う存分外の新鮮な空気を吸っておこうと。

 

 そうして、しばらくは何も考えずに旅を続けた。

 

 ―思ったよりも楽しい旅だった。

 思えば、これまでの旅といえば、大抵堅苦しい修道僧が一緒で、窮屈な思いをするばかりなものだった。楽しいなんて思ったことはなかった。

 でも、今度一緒に旅することになった仲間達は、ちょっと変わってはいるが、皆なかなか気のいい連中でーそんな仲間と旅することがこんなに楽しいなんて、思ってもみなかった。

 彼らはククールに悪意を抱かない。

 何かを無理強いすることもない。

 ただ、信頼してくれる。

 ―それはとても、居心地がよかった。

 

 

 そして、不思議な力で船を蘇らせた時。

 目の前が、急に開けた気がした。

 まるで、暗闇に光が差したような。

 仲間達と共に奇跡を呼び起こし、今、完全に意識を共有しているー

 えも言われぬ高揚感。

 目の前に果てしなく広がる世界。

 

 見渡す限りの、世界がある。

 

 ―美しいと、思った。

 

 

 

 そのとき。

 確かに自分は自由だと思った。

 どこまでも遠くへ行けそうだ、と。

 

 だが、違っていた。

 やはり自分は、修道院からー教会から離れることはできない。

 教会を見るたびに、いつも思うことがあった。

 ―彼は今、どうしているだろうかと。

 そして、次に会う時こそ、こちらを見て欲しいと、そう思うのだ。

 

 しかし、マルチェロはククールを無視し続けた。

 聖地ゴルドで。サヴェッラで。

 その後何度かククールはマルチェロと会ったが、マルチェロはーこちらを見ようともしなかった。

 それどころか、教会の腐敗を体現したかのようなニノ大司教と仲良く談笑などしていて。

 巷でも、あまりいい噂を聞かない。

 マルチェロは、さらに遠い存在になってしまった。

 

 あの優しかったマルチェロを変えてしまったのは、自分。

 しかし、その自分が離れてもなお、マルチェロは腐敗した教会に染まり続ける……。

 

 

 船を手に入れたとき、世界が変わったような気がした。

 ―どこまでも広がる美しい世界。

 だが、実際には何も変わっていなかった。

 教会は相変わらず芯まで腐っていてーマルチェロも、ククールを憎み続けたままだった。

 

 けれど、変わるものもある。

 ドルマゲスは倒れ、ハワードは別人のように変わった。

 いつかはマルチェロもー

 と、そう思っていた。

 

 しかし、甘かった。

 ―甘かったのだ。

 それは全て、儚い夢。

 

 マルチェロは、眉一つ動かさずにククールに濡れ衣を着せ、煉獄島へと送り込んだ。

 一度入ったら二度と生きては出られぬと言われる煉獄島へ。

 

 ―マルチェロは。

 最後の最後まで、ククールを見ようとしなかったのだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 この世の地獄、煉獄島。

 一筋の光も届かぬ、深き深き地の底にて。

 

 ククールはずっと、暗闇の中にいた。

 

 しばらくは、何も考えることができなくて。

 何も考えたくなくて。

 ただ、目の前に広がる闇を見つめて過ごした。

 

 頭を過ぎるのは、あの幼き日の思い出。

 

「…君 初めて見る顔だね」

「ここならオディロ院長やみんなが家族になってくれる。大丈夫だよ」

 

 優しかったマルチェロ。

 でも、そのマルチェロは変わってしまった。

 ククールが変えた。

 ―自分の、せいで。

 

 もう…願うことすら許されないのか。

 

(…オディロ院長)

 

 こんな時、いつも道を示してくれた院長は、もういない……。

 ククールは一人、闇の中に取り残された。

 ―ずっと。

 

 

 暗闇の中で、ただ時だけが流れていった。

 

 嘆きの声だけが、聞こえる……。

 

 そんな、ある日。

 法皇が亡くなったとの知らせが入った。

 一月前のことらしい。

 時期的に見て、ククール達が煉獄島に送られてすぐのこと。

 

 ―ラプソーンの杖は、現場に転がったままだった。

 恐らく、何も知らないマルチェロが手にして、ラプソーンに身体を乗っ取られ、そして………。

 

 

 腹が立った。

 何より、自分に。

 

 ―この一ヶ月、自分は一体何をしていたというのだ?

 これは、予想できたこと。

 あるいは、防げたはずのことではなかったのか。

 今まで、同じ思いを何度もしてきたというのに。

 

 ふと、壁に刻まれた十字架が目に入った。

 一ヶ月もここにいたというのに、これまで全く気づかなかった。

 それに気づいて、ククールは苦笑を漏らした。

 

 神はただ、そこにある。

 見えないのは、見ようとしないからだ。

 

 神は、決して人の子を見捨てない。

 見捨てるとしたらーそれは、自分で自分であることを放棄した時だ。

 神はいつも、心の中にある。

 

 だからこそ、希望は捨ててはならない。

 それは神だから。

 

 神は…許すだろう。

 マルチェロも。

 ……ククールも。

 

 オディロ院長はククールを許した。

 ディーノも、ヤンガスも、ゼシカも。

 

 ククールは、存在を、許されている。

 

 ―そして、今になってようやく気づく。

 仲間達の、気遣わしげな視線。

 本当は、もっと早く行動を起こすべきだった。

 なんとかして、ここから脱出し、ラプソーンの杖を封印するー。

 それは、自分たちにしかできないことなのだから。

 そうしなければならなかった。

 しかし、これまで積極的な行動に至らなかったのは、恐らく自分のせい。

 暗闇の底に突き落とされ、動く事もできずにいたククールを慮って、今まで無為の時を過ごしていたのだ。

 

 ―しかし、今。

 希望の灯火が、闇を照らす。

 ククールには、はっきりと見える。

 自分を信頼してくれる仲間達が。

 自らに宿る、神が。

 

 

 

 煉獄島。深き深き地の底にて。

 ―そこには確かに光があった。

 

 

 

2005.12.20

 

 

 

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