闇と栄光

 

第九章 暗闇に響く足音

 

 

 オディロ院長が亡くなって数ヶ月がたった。

 修道院の全権をマルチェロが完全に掌握したことで、修道院の収入は倍増した。

 それは全てマルチェロの懐に入り、中央へ進出するための賄賂や、騎士団のーつまりは私兵の戦力増強のために使われた。

 

 

 そして。

 

 …かねてよりの計画を実行に移すときが来た。

 

 マルチェロは、マイエラ修道院院長就任の報告を行うために、聖地ゴルドへ赴いた。

 しかし、本当の目的は、大司教ニノに会う事だった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 先任の大司教は高齢で、引退の日も近いと噂されていた。

 そして、当時次なる大司教候補の一人だったのが、ニノ司教。

 マルチェロは、マイエラ聖堂騎士団長として、ニノと何度か顔を合わせたことがあった。

 

 ―俗物。

 ニノという人物を一言で表すならば、その言葉が最もふさわしい。

 無能なくせに傲岸不遜。

 欲だけが人一倍大きい。

 

 しかし、そんな人間だからこそ、利用できるとマルチェロは踏んだ。

 

 マルチェロは、このような辺境の地の騎士団長で終わる気はなかった。

 もっともっと力がほしかった。

 しかし、権力への階梯をのぼろうとするマルチェロを待っていたのは、冷たい目と冷笑の嵐だった。

 マルチェロの出自をことさらにあげつらい、卑しき生まれの者には過ぎた出世だと皆が口にした。

 …そう口にする彼ら自身は、決してマルチェロよりも優れているとはいえず、なのに自分たちが彼より高い地位にあることは不思議に思っていないふうなのがお笑い種だったが。

 

 だが、ニノだけは、マルチェロの実力を正しく見抜いた。

 剣の腕と意志の強さは尋常ではないと。

 

 賄賂次第でいくらでも人は動かせるーとはいえ、あまりに見くびられていると、それに見合うだけの見返りは期待できないし、高く評価された場合でも、危険視されれば逆にそれがマイナスになることになる。

 だが、ニノはそのあたり、丁度都合のいい相手だった。

 そこそこ実力を認めてくれているため、賄賂さえ贈れば、それに見合うだけのものが得られる。

 また、さほど賢くないため、こちらをまるで危険視しておらず、陥れられる心配も低い。

 大司教候補は他にも何人かいたが、中でも一番取り入りやすそうだったのが、ニノだったのだ。

 

 かくして、秘かにマルチェロはニノに賄賂を贈り続け、オディロ院長の知らないところで、二人の紐帯は強まっていった。

 そしてニノは大司教となり、マルチェロは修道院長となった。

 その成果を得るときが、ようやくやってきたのだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 挨拶に参上したマルチェロを、ニノは、快く出迎えた。

 丁度、彼の手がー武力がほしかったところなのだ。

 

 欲深なニノは、無論出世欲も強く、最終目標は法皇の座である。

 しかし、それには当然敵も多くなる。

 司教になったニノだが、だからといって急に敵が減るわけもない。

 そうした敵を排除したり味方につけたりするには、賄賂を贈ったり、時には実力で黙らせたりーつまりは財力と武力が必要だった。

 マルチェロは、その両方をー特に武力を与えてくれる、貴重な存在であったのだ。

 

 そのことをマルチェロも、よく心得ていた。

 マルチェロは、財を蓄えるだけでなく、強い戦士、丈夫で早く走る馬を集めた。

 誰もがそれを、ニノにーしいては法皇に取り入るため見栄えをよくしているのだと思っている。もちろん、ニノも。

 ―想像もつくまい。

 生まれ持った血筋に頼り安穏としているような輩に、その真の理由は。

 マルチェロは、純粋に戦力として彼らを集めているのだ。

 それも、存在しない神の兵ではない、マルチェロに忠実な、マルチェロのためだけの兵。

 

 この戦力の真価は、マルチェロが法皇となって初めて発揮されることになる。

 …いずれ彼らは、それを思い知ることになるだろう。

 

 とはいえ、今この時点でも、増強した聖堂騎士団に使い道がないわけではない。

 一つは、周囲からの評判を勝ち得、自分の名を高めること。

 そして、もう一つは。

 

 …邪魔者を、排除する事。

 

 出世に際し重要なのは、これにつきる。

 ただ有能なだけでは出世できない。

 これが、最も肝要なところだ。

 

 ニノに敵対する勢力を一つずつ排除していきー最終的には、ニノをも排除する。

 もはや自分には、なくして惜しいものなど何一つない。

 誰が不幸になろうと、いっかな心は痛みはせぬ。

 ……見ているがいい。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 それからマルチェロは、着実に出世の血塗れた階段を上っていった。

 

 ある時はニノの命により、ある時は自身の判断で。

 自分たちに非友好的な有力者。あるいはこちらに不利な証拠を握る者。

 彼らに対し、ありもしない罪の証拠を捏造し、煉獄島へ送り。

 時には肩書きだけでなく、その存在ごと抹消した。

 

 

 何故、とその男は叫んだ。

 これまで自分を蔑んでいた瞳が、いっそ無様なぐらい恐怖にひきつっている。

 

 馬鹿な、と別の男は叫んだ。

 いつもの傲慢な態度はどこへやら。この期に及んで状況を把握できないふうなのがひどく間抜けに見えた。

 

 いつか天罰が下るぞ。

 助けてくれ!

 これは何かの間違いだ。

 

 これまで尊大にマルチェロを見下ろしていた彼らが、這い蹲って慈悲を乞う。

 …実に無様だ。

 見ろ。

 これが彼らの正体だ。

 尊い血を引く者としてあがめられていた者達の。

 

 …いつか天罰が下る、だと?

 負け犬のたわごとだ。聞き苦しい。

 神はドルマゲスを罰したもうたか?

 否!

 

 

   ―神、何人をも救うこと能わず。

   己の力のみが汝を救う。

   我、血と怨嗟もて至高へと続く階を上らん。

 

 

 …何かが決定的に崩れていった。

 

 胸の奥に滾る炎。

 鎮めるものは、もう存在しない。

 

 これからますます激しく燃え盛るだろう。

 その持ち主を焼き尽くすまで…。

 

 

 

2005.11.24

 

 

 

次へ

戻る

小説に戻る

 

 

 

inserted by FC2 system