闇と栄光

 

第八章 忍び寄る影

 

 

 ―翌朝。

 冷たい雨の中、オディロ院長の葬儀は執り行われた。

 

 棺に土が、かけられていく。

 それと共に、マルチェロは、自分の中で確実に何かが喪失していくのを感じていた。

 

 棺に刻まれた十字架。

 毎日これに向かい祈りを捧げてきた。

 だが、今ではそこらのひっかき傷と同じ価値しか見出せない。

 

 

 あの時。

 院長の掲げた十字架には、眩いばかりの輝きがあった。

 だがそれは、院長を救わなかった。

 

 神はいと高き玉座から我等を見下ろし、信仰篤きものを救い給う―?

 そんなものは、出鱈目だ。

 神など、居らぬ。

 神がいるのならばーならばなぜ、院長は死なねばならなかったのだ?

 あんなに素晴らしい方が。

 神など居らぬのだ。

 それともこれが、神の意思だとでもいうのか…?

 ならば…そんな神など、私はいらぬ!!

 

 院長は、神に全てを捧げていたというのに。

 神は院長を救わなかった。

 誰も、救わなかったのだ。

 

 私も。

 オディロ院長も……。

 

 

 高き空に、赤い太陽はもう見えない。

 ただ冷たい雨だけが、世界を包み込んでいく……。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 なぜあの時、一瞬たりとも期待してしまったのだろう?

 神が救ってくれる、などと。

 これまで神が私を救ってくれたことなど一度もなかったというのに。

 

 …甘かった。

 そして、そんな自分よりも、院長はさらに甘かった。

 

 ……そう。院長は甘かった。何もかもに。

 

 これからは、私が。

 私が、全てを司る……!!

 

 神など、居らぬ。

 頼れるものは、ただ、この力だけ……!!

 

 もっと力をつけなくては。

 あの憎き道化師めを倒し、オディロ院長の仇を討つ!

 そして、その後は……この世の腐りきった輩を一掃し、私が、この私が世界の全てを手に入れる!!

 

 

 とはいえ、この2つを同時に進めるのは無理がある。

 ドルマゲスを討つには修道院を離れる必要があるが、今、自分がこの修道院を離れるわけにはいかない。

 マイエラ修道院院長に就任し、ようやく後者の目的に一歩近づいたところなのだ。今離れては、台無しになってしまう。

 となれば、仕方ないが、院長の敵討ちは後回しにするしか……

 いや、待て。いい方法があった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 翌日、マルチェロは先日の旅人一行とククールを団長室に呼びだした。

 そして、ククールにオディロ院長の仇ドルマゲスを討つよう命じたのだった。

 

 昨日まで罪人扱いしていた得体の知れない連中と、紙切れ一枚持たせただけで旅立てというのだ。

 多少言い繕ってはいたが、体のいいやっかい払いであることは明白だった。

 

 ククールは唇をかみしめた。

 院長は彼の親代わりであったし、言われなくても仇は討つつもりだった。

 だが、このような形で修道院を離れることなど、決して望んではいなかった。

 

 ククールは、自分の育ったこの修道院を好いてはいなかった。

 神など信じていないし、歪み腐った不愉快なものばかり目にする。

 毎日が祈りと修行の退屈な日々で、楽しい事もなく。

 実際、修道院にいると息がつまる。

 それでよくドニまで遊びにいった。

 それでも修道院を離れようとは思わなかった。

 確かにドニは居心地のいい場所だが、それでもククールの家は、マイエラ修道院なのだった。

 修道院には父とも思うオディロ院長がいて、そして……本当の、兄がいた。

 

 今はもう、オディロ院長はいなくなってしまったけれど。

 それでも、マイエラ修道院はククールの家だった。

 …そのはずだった。

 

 自分が側にいることで、余計にマルチェロを苛立たせているのはわかっていた。

 でも、いつかは……と、そう思っていた。

 しかし、その日がついに来なかったことを、思い知らされたのだ。

 

 ……マルチェロは、何もかもを捨て去ろうとしている。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 ククールを追い出すと、マルチェロは次の仕事にとりかかった。

 新院長マルチェロには仕事が山ほどあった。

 

 …これからは、全て自分のやりたいようにやれるのだ。

 

 マルチェロは、院長の証をゆっくりと撫でた。

 それは、第一歩だった。

 頂上へと続く階段の。

 

 院長の仇を討つにはもっと力を手に入れねば。

 ドルマゲスは強すぎる。

 ククールとあの旅人に居所を突き止めさせ、いまいましい奴らを一度に…。

 

 

 胸の奥に滾る炎。

 鎮めるものは、もう存在しない。

 

 

 

2005.11.11

 

 

 

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