天空より地に落ちて

 

 

冒険の書:P45

 エルヘブンから少し南、人里離れた静かな湖。…その底に、それはあった。遠いので、細かい所まではよくわからないが、水が澄んでいるため、それが城であることはわかる。

 本来、天空にあるはずの城。

 湖に沈んでいる城なんて、滅多にお目にかかれるものではない。僕は、かすかに揺らめくその城を、綺麗だと思った。

 しかし、あんな水底にある城に行っても、得られるものなんてあるのだろうか。人がいるとも思えない。まあ、他に手がかりがない以上、行ってみるしかないのだが……だが、どうやってあんな所まで?とても、泳いでいける距離ではないぞ。

 そう思いながら湖のまわりを歩いていると、すぐ側に洞窟を発見した。ひょっとすると、この洞窟に何かあるかもしれない。とにかく、入ってみるとしよう。

 入口は大きな岩で塞がっているけれど……こんな時のためのマグマの杖!!それでこそ、わざわざ天空の塔に上った甲斐があったというもの。早速使ってみる。

 すると、なにやら大地が唸りをあげ、鳥達が逃げていく。一瞬の緊張の後大爆発が起こり、ふと気付くと目の前にあった岩は、跡形もなく消し去られていた。

 すごい威力……。戦闘中に使っても大した爆発はおきないのに、なんでここではこんな凄いことになったんだろう。ひょっとして、この岩と何らかの反応を示した、というようなことだろうか。それにしても、戦闘の時に、これの十分の一でいいから威力を発揮してほしいものだ。

 まあ、不満を言っても始まらない。今こうして役に立ってくれただけでもよしとしよう。

 …というわけで、僕たちは、ようやくその洞窟に入ることになった。

 鍾乳石のようなものがあるが、天然の洞窟にしては、地面が平らで歩きやすい。キラが、岩の切り口がまっすぐだから、この洞窟は人工的に作られたものではないかと言った。

 わずか8歳にして、素晴らしい観察眼と洞察力!!やっぱり僕とビアンカの息子だ……!!親バカかもしれないが、本当に素晴らしい子だと思う。

 階段を下りると、トロッコがあった。…といっても、僕はこれまで実物を見たことがなく、そうなのではないかと言うだけなのだが。

 大昔、工事現場などでよく使われていたものだが、今ではその技術も失われ、書物や遺跡にのみその跡を見せると、何かで読んだ覚えがある。

 へえ、これがトロッコか……。一見、ただの車輪がついた箱に見えるが……。

 子供達が、乗ってみようと急かすので、僕もこれは気になっていたことだし、思い切って乗ってみることにした。乗った後どうなるのか……は、知らないけれど。

 物は試し……乗ってみたら。うわわわわわっ!?

 す…すごい!!

 ものすごいスピードで、トロッコは走り出し、何かにぶつかって止まった。衝撃で、僕たちは投げ出されてしまったけれど、とにかく一瞬の出来事だった。

 元来た場所を見て、愕然とする。……あれだけの距離を、一瞬で移動したというのか……!!

 トロッコが本当にすごいとは思わなかった。このスピードだから、乗ってる間は魔物も手出しはできない。まさに、古代の叡智!!

 子供達も大はしゃぎで、なんて楽しい洞窟なんだろうと思った……その時は。それからいくらもしないうちに、僕たちは、このトロッコの恐ろしさに気付かされることになる。

 確かにこのトロッコは圧倒的なスピードで、乗っていて楽しいが……その反面、あまりのスピードゆえ、どこをどう走ったのかがよくわからない。そもそも、乗ったトロッコがどこへ行くのかがわからない。さんざん無駄にぐるぐる回った挙げ句、スタート地点に戻ってきてしまった……などということもあった。一応、ポイントレバーを切り替えることで、ある程度行き先を調節できるようになってはいるのだが、そもそも切り替えた場合と切り替えなかった場合でどのような違いが生じるのかも、やってみないとわからない。そして、これに失敗すると、とんでもなく遠回りをさせられる羽目になる。

 最初は風切るトロッコの乗り心地を楽しんでいた僕も、先へ進む内に、この洞窟がすっかり嫌になってしまった。おまけに、どういうわけかこの洞窟ではリレミトが使うことができず……つまり、帰りは嫌でも同じ道を辿らざるを得ないということだ、まったく、誰がこんなややこしい洞窟を作ったんだろう。本当に、恨むぞ。

 ……これで、この洞窟があの城とつながってなかった日には……暴れるぞ!!

 おっと、子供達の前でこんなところを見せるわけにはいかなかったな。いけないいけない……。

 僕は、途中ソルジャーブルのブルートが仲間になったことで、気をよくして先へと進んだ。

 変化があったのは、地下四階でのことだった。トロッコが止まることなく、ガラガラとやかましい音を立ててぐるぐる回っており。そこからなんと、人の声が聞こえたのだ。

 と…とにかく助けなくては……!

 僕は、急いで近くにあったポイントレバーを引っぱった。なんだかやけに固いような気がするが、今はそんなことに構ってはいられない。思い切ってさらに強く引っぱると、ポイントは切り替わったものの、レバーは折れてしまった。そして、あのぐるぐる回っていたトロッコは、中の人間ごと、激しく投げ出されてしまった。

 だ…大丈夫かな……。今、何かすごい音がしたけど……。まさか、死んでる…なんてことは……。

 空笑いを浮かべながら、僕たちは急ぎ足で、トロッコが吹っ飛んだと思われる方向に行った。

 うわ〜……これまた派手にひっくりかえってるな……。

 トロッコの側に男が倒れているのを見つけたので慌てて駆け寄ると、男はすぐに意識を取り戻して立ち上がった。幸い、どこも怪我はないようだ。なんとも運のいい人である。

 男は、天空人プサンであると名乗った。天空城に行く途中、うっかりあのトロッコに乗ってしまい、なんと、かれこれ20年は回り続けていたとか。そして、僕たちが天空城に向かっているのを知ると、人数は多い方が心強いと言って、無理矢理ついてきた。こっちの意見は無視か……。まあ、確かに人数は多い方が楽しいから、別にかまわないけど。戦闘では役に立たなくても、会話できる相手がいるというのはいいものだし。

 それにしても、この人、少しも天空人らしくないなあ……。僕もそんなに天空人を知っているわけじゃないけど、プサンは、僕がこれまで会った天空人達と比べても、明らかに違っていた。

 まず、翼がない。服装も、天空人独特のものではなく、人間の…高価な生地ではあるが、少々時代遅れのものである。もっとも、これは、20年前、流行の最先端だったファッションのようだが。そして、性格も、妙に軽い。いやに陽気で、ともすれば軽薄な印象すら受ける。僕がこれまで会った天空人は、みなカチカチに真面目な人達ばかりだったのに。

 でも、人間であれば、トロッコに20年も乗り続けていられるはずがない。とっくに白骨死体と化しているはず。そう考えると、やっぱりプサンは天空人……そう考えざるを得ないのだろうなあ。どこの世界にも、変わり者はいるものだし。

 プサンは、陽気でよく喋った。時に、うるさく感じるぐらいに。最初の内うちは、それもいい気分転換になってありがたかった。

 ………だが、奥へ行くにつれ、さすがのプサンもこの洞窟にうんざりしたのか、次第に口数が少なくなり、ついには全く無口になった。それは、僕たちも同様で、全く言葉を発することなく、黙々と歩き続けた。僕を含め、全員の目がすわっているように感じるのは気のせいだろうか……?

 でも、どんな洞窟にも終わりはある。試行錯誤の末、ついに、今までとはなんだか雰囲気の違う部屋に辿り着いた。

 トロッコは一つだけ。辺りは暗く、ひんやりした冷たい空気。部屋の端には、見慣れない大きな鉄の塊がある。一体あれは……?

 不思議に思いつつ、僕たちはトロッコに乗り込んだ。終わりが近い、という予感がして、自然と緊張してくる。

 ……ゆっくりと、トロッコが走る。

 あの黒い鉄の塊が僕たちの乗っているトロッコを押し上げる。どういう仕組みか知らないが、ずいぶん強い力で動いているようだ。

 上り坂をゆっくりとトロッコは進む。何かの予感に、ひどく心臓が高鳴る。そして、トロッコは上り坂の頂点に達し……一気に加速した!!

 下りに入った道を、トロッコはすさまじい速度で駆けていく。振り飛ばされないようにするのがやっとで、息もろくにできない。これが止まった時の衝撃を予想して怖ろしくなるが、もうどうすることもできない。今はただ、祈るだけ……!!

 トロッコはそのまま水の中につっこみ、バラバラに砕け散った。そして、僕たちは、そのまま湖底の城に投げ出された。水の中だったせいか、予測した衝撃もなく、命拾いした。…全員無事のようだ。

 

 

冒険の書:P46

 

 改めて辺りを見回し、不思議と息ができるのに気付く。さすが天空城というべきか、魔物もここには近づけないようだ。城の外を魚の群れが泳いでいたりするのが見え、なんとも不思議な光景だった。

 この状況なら、生きている人がいる可能性もある。僕たちは、早速城中調べて回ることにした。だが、すっかり水につかってしまっているところも多く、そこより奥には行けないため、十分に探索はできなかった。僕たち以外の人間も、見つからないまま。書庫もすっかり水浸しになっていて、手がかりもつかみようがない。

 でも、あきらめずに奥へと進むと、本来、神様のいたらしい部屋があった。あいにく玉座は空だったが、この部屋に秘密の階段があるとプサンが教えてくれたので、それを探す。僕が最初に見つけ出すことが出来、みんなを感心させることができたので、ちょっといい気分である。

 そして、階段を下りると、そこは広い空洞だった。何もない空間に。ただ長い長いハシゴが、どこまでもおりている。これを降りるのかと思うと少々うんざりするが……あのトロッコの洞窟よりは、ましだろう。

 長い長い階段を下りて、ようやく底の部屋にたどりついた。ハシゴを下りているとき、辺りは暗かったのに、この部屋は不思議と明るい。特に明かりもなさそうなのに……。まあ、天空城だと思えば何でも納得できてしまうのだが。

 部屋の中央には変わった紋章のある床板があり、そこから部屋が十字に分かれている。ひとまず、東側の部屋に入ってみることにする。そこには、台座のようなものがぽつんと設置されていた。といっても、台の上には何ものっていない。

 プサンは、それを見ると、大声をあげて台座に走り寄った。ここにあったはずのゴールドオーブがない、とひどく取り乱した様子だ。いつも飄々とした態度で構えていたのに、この慌てようは、一体……?

 台座の横には穴があいており、オーブはそこから落ちたらしい。本来この城は、ゴールドオーブとシルバーオーブの二つで支えられていたのだが、ゴールドオーブを失ったことで、残りのオーブ一つでは支えきれずにこの城も落ちてしまった……と、プサンが簡単に説明してくれた。

 へえ…そんな仕組みになっていたとは……。

 プサンは、台座に残ったオーブのかすかなオーラを頼りにゴールドオーブの行方を追うと言って、静かに瞑想を始めた。

 プサンのまわりに気が集まっていくのを感じる………。

 

 そして、僕は見た。

 遙かなる天空、いと高き場所に佇む荘厳なる神の城。

 そこに紫色の不気味な雲が押し寄せるのを。

 その雲に触れ、ゴールドオーブが空の城からこぼれ落ちるのを。

 そして、それがレヌール城に辿り着くのを……。

 

 レヌール城に、雷鳴が轟く。

 あそこにいるのは……僕?

 間違いない、幼いあの日の僕だ……!!

 ビアンカもいる。

 ビアンカが、金色に光る宝玉を、僕に差し出す。

 ああ、あれはお化け退治の記念の品。

 ビアンカとの思い出の品。

 僕の宝物だった、ゴールドオーブ……。

 サンタローズで、不思議な雰囲気を持つ人にゴールドオーブを見せた僕。

 ラインハットでヘンリーに会った僕。あの頃のヘンリーは偉そうに威張ってて、なんて嫌な奴だろうと思ったんだっけ……。

 そして。

 古代遺跡で起こったあの出来事。

 目の前で殺された父さん。

 最期まで僕に話しかけ続けていた父さん。

 凄まじい火炎を浴びて、灰になった父さん……。

 ただ見ていることしかできなかった、小さな僕。

 あんなにも、虚ろな目をして。

 ゲマは笑う。

 笑って、僕の懐からゴールドオーブを取り出す。

 そして、ゴールドオーブは粉々に砕け散った……。

 

 息が、できなかった。

 目がチカチカする。胸が苦しい。

 レヌール城でビアンカと一緒に笑っていた幸せな僕は、ゴールドオーブと共に、粉々に砕け散ったのだ。

 そして、現在の僕の未来も。

 

 全てが終わってしまったように感じた。

 もう、おしまいだ。結局僕は、無力なままなんだ……。

 そう思ったとき、金色の髪が目に入った。

 全てが闇に閉ざされた中、それはいやに輝いて見えた。

 ―僕を心配する、二人の子供達。

 ああ…そうだ…まだ、この子達がいるんだ。この子達がいる限り、僕は絶望するわけにはいかないんだ。だが…でも、どうしたら……?

 絶望と希望の狭間で僕が動けずにいると、プサンが言った。

 ゴールドオーブは、もともと妖精達の祖先が作ったもの。妖精の女王に頼めば、また作ってもらえるかもしれないと。

 ……まだ希望はある!!

 この世界に妖精の村に通じる森があるという。とにかくその森を探してみよう。湖探しよりは大変そうだが、それでもこうして打つ手があるというだけで、救われる……。

 

 懐かしい、決して戻らないあの日。幸せな思い出のはずなのに、こうして思い出すと、胸が締め付けられるような苦しさを覚える。

 ゴールドオーブが砕け、僕は地に落とされた。もうあの頃には戻れないのだと悟った。

 どんなに空を見上げても、そこへ帰る術などない……。

 地に落ちた城は、もう空へは戻れないのだろうか。

 いや、そんなことはない。新たなオーブを得て、再び天空に還る日がきっと来るはず。

 新しい家族を得た。

 城が天空に還るがごとく、僕の心に平安が訪れることも……きっと、不可能では、ない。

 

 

2004.8.12

 

 

 

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