めぐりくる季節

 

 

 

冒険の書:P38

 

 ……夢を、見ていたような気がする。

 長い長い夢……。

 でも、覚めてみれば一瞬にも思える時間。

 だがしかし、夢ではない。

 現実に、季節は移ろい、歳月は流れゆく……。

 

 ゲマによって石にされた後。僕たちは、お宝目当てにやってきた無関係の兄弟の手により、競売にかけられた。

 そこで僕は、20000Gでとあるお金持ちの手にわたることになった。

 うう、仮にも一国の王が20000Gで売られていくとは、情けない……。もっとも、パパス前国王探しにかけられた賞金も10000Gだったから、所詮名ばかりの王族の価値なんてこんなものか……。

 こうして、僕は見知らぬ人の所に運ばれていくことに……っておい、ビアンカ……ビアンカは!?

 ビアンカは、僕と一緒には売られなかった。お宝兄弟が、あてがあると言ってどこかべつの所へ持ち去ってしまったのだ。

 ビアンカ…ビアンカ……石になっても、君のそばにいられることが救いだと……そう、思ったのに……!!うう、恨むぞお宝兄弟……。

 お金持ちの屋敷へと運ばれながら、僕は胸の底からいいようのない寂寥感がこみ上げてくるのを感じていた。これからずっと…長い長い間、たった一人で過ごさなければならないのか。

 ため息をつきたかったが、石になった身では、ため息をつくこともできない。ただぼんやりと。なすがままに、目に映るものを見ていた。

 離れ小島が見える。そこに立つ小綺麗な屋敷も。僕はそこへ運ばれていく。

 メイドが僕を買い取ったお金持ちーこの家の主人を出迎える。その妻も、幼い赤子を抱いて出迎えに。

 主人が僕を守り神の石像として庭に据えると、家族は和やかに語らいながら家の中に入っていった。

 ああ、母親の腕に抱かれた赤ちゃん…キラやレティは大丈夫だろうか。父たる僕は、二人のそばにいてやることができない。ジャミさえ、ゲマさえいなければ。僕たち家族も、あのように幸福に暮らしているはずだったのに……。

 それは一瞬の夢。儚い幻。掴みかけたと思った瞬間、消えてゆくのだ。後に残るのは、ただ石の身体のみ。

 動くことのできない石像の瞳は、それからずっと、この家族を見守り続けた。

 日増しに成長していく可愛いジージョと、子煩悩な両親。

 ジージョが初めて喋ったとき、初めて立って歩いたとき……その全てを見守ってきた。

 静かなこの家で、ジージョの周りだけが明るく華やいで見えた。

 ジージョはここに住む者達の太陽。

 この人里離れたお屋敷で、ジージョは夫婦の全てだった。

 石像になった僕にとっても、この少年の成長を見守ることは、唯一の楽しみだった。

 だがしかし、そんなささやかな幸福の時も、長くは続かなかったのだ。

 あの日。

 ジージョはいつものように、僕のまわりを駆け回って遊んでいた。彼は僕のことを守り神としてずいぶん慕ってくれているようなのだ。僕は、なんとなく嬉しい気持ちでそれを見ていた。母親も、ジージョが転ぶのではないかと心配しながらも、元気に走り回る息子を見ていて幸せそうだった。

 ところが。

 突然暗雲が空を覆い、二体のホークマンが空から降りてきた。

 あまりのことに、動けずにいる母親。それに気づかず、無邪気に魔物に話しかけるジージョ。

 ホークマンの話から、彼らがおそらく光の教団―ゲマの一味で、伝説の勇者を探して各地の子供をさらっているのだとわかった。そして、勇者でなかった場合は、その子供は奴隷として働かされる……僕のように。

 …………………それだけはさせない!!

 僕は、ジージョを助けたかった。

 石像となった僕にささやかな喜びをもたらしてくれたこの子供を、心の底から助けたいと思った。

 だがしかし。

 どんなに願おうとも、僕の身体は動きはしない………石なのだから。

 ああ、この身体が動きさえすれば!!

 あんな連中、たとえ一人ででも簡単に倒すことができるのに!

 ジージョを救ってやることができるのに!!

 今だけでも、どうか…………!!

 

 祈りは通じなかった。

 これまでがそうだったように。

 それは誰よりもよく知っているはずなのに、こうして祈ってしまう。

 ……それしかできないのだから。

 ああ、僕はこんなにも無力だ………。

 

 それから一月たってもジージョは戻ってこなかった。夫婦は必死に息子を探したが、手がかりすら掴めずにいるようだった。

 家の中は灯が消えたようになり、悲しみだけがそこを覆った。

 家の主人は僕を憎々しげに見て、言った。

 「何が守り神だ!」と。

 そして、思い切り僕を蹴飛ばした。なすすべもなく、僕は地に倒れた。しかしその後も、主人は僕を蹴り続けた。愛する息子を突然奪われた怒りを、全てぶつけるように……。

 石像だから、痛みは感じなかった。僕の瞳は、そんな主人をただじっと見ているだけだった。……そう、ただ見ているだけ。

 やがて主人は下男に止められて屋敷に戻っていったが、僕はそのままそこに放置された。

 ―それから、ずっと。

 僕は、ずっとずっと長い間、そこに転がっていた。倒れた石像に目を向ける者は、誰一人としていなかった。

 夜が来て、朝が来て。また夜が来て、朝が来て。

 落ち葉に埋もれ、雪に染まり、蝶をその身にとまらせる。

 それが幾度も、幾度も繰り返された。

 そしてー。

 

 それは、太陽が最も輝きを増す季節。

 聞き覚えのある声がした。見覚えのある顔がある。

 あれは……あれは……。

 そうだ、サンチョ………サンチョだ……。

 サンチョが、ここに……?

 僕に気づいているのだろうか。サンチョはそこの石像を譲ってもらえないか、と主人に交渉しているようだった。僕を見ても驚かないところを見ると、僕が石になったことは知っているらしい。

 そうだ、石に……。

 でも、ずっと昔は、石じゃなかった。血の通った身体があり、愛する家族があったんだ。もう、遠い昔のことだけれど。

 サンチョは、どういうわけか、男の子と女の子を連れてきていた。二人とも、目に鮮やかな美しい金の髪を持っている。男の子は濃いブルーのマント、女の子は同じく濃い色のピンクのマントを身につけており、それが金髪に映えて、たいそう愛らしかった。

 あれは、誰だろう。ずいぶん前に、どこかで見たような気がするんだけど。

 と。サンチョが女の子に向かって話かけるのが聞こえた。……レティさま、と。確かにそう聞こえた。

 レティ……レティ!?

 じゃあ、あの可愛いくて賢そうな女の子が、赤ん坊だった僕の娘!そしておそらく、利発そうな顔立ちをした男の子がキラ…僕の息子か!!

 こんなに…こんなに大きく………。

 あまりに驚いて、何も考えられずにいるうちにも事態は次々に進んでいく。

 レティが僕の方を向き直り「ストロスの杖」というのを使うと、不思議な光が渦を巻き、なんと僕の石化がとけ、もとの身体に戻れたのだ。

 ……………温かい、と。最初に、そう思った。

 石像になってからずっと見ていたはずの庭が、このうえなく美しく、まぶしく感じる。

 しかし、そんな感慨に浸る暇もあらばこそ。

 二人の子供達は、大はしゃぎでいろんなことを話し出した。

 まだ半分寝惚けているような状態だったのだが、それでも、わが子達が僕をずっと探してくれていたこと、これから共にビアンカを探して悪の親玉を倒し、世界を救うつもりでいることがわかった。

 正直、僕はまだなにがなんだかよくわからなかったのだが、キラの口にした一言だけは、すぐにわかった。

 彼は言った。天空の剣を装備できた、と。

 じゃあ…じゃあ……彼が。彼が、そうなのか。

 僕の息子が。

 僕がずっと探し求めていた、勇者………?

 見つからなかったはずだ。

 不思議と笑いがこみあげてきた。やられた、という気分だった。

 ああ、本当に……誰が仕組んだのかは知らないが……かなわないな、まったく!!

 なんとも清々しい気分だった。

 

 サンチョが僕の戸惑いを察してくれて、子供達に一旦お城に戻るように言ってくれた。本当に気が利く奴だ。子供達の前で、あまり驚いたり戸惑ったりする姿を見せたくないからなあ。

 だが、そこでもまた驚かされた。レティがルーラを使ったのだ。あの、失われたはずの古代の呪文を。僕がベネットじいさんのおかげでようやく習得できた呪文を。

 ああ、なんという子供達だろう……!!

 僕は、初めて冒険に出た時のように、胸が高鳴るのを感じた。

 

 

2004.6.24

 

 

 

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