結婚
冒険の書:
P26
水のリングを手に入れた僕たちは、すぐにルドマン邸に向かった。
ビアンカは一刻も早く水のリングを届けるよう僕に言い……でもなぜかビアンカが淋しそうに見え、そんな彼女を見ているのがつらかった。そのせいだろうか、ルドマン邸に向かう足は、自然と速くなった。
このもやもやした気持ちも、水のリングを渡してフローラと結婚し、この件が一段落すればどこかに消えてくれるような気がしたから。
ルドマンさんは、この前よりもさらに大喜びし、実はもう結婚式の準備を始めていたのだと言って笑った。あまりの急な展開に、僕はますます落ち着かない気持ちにさせられる。
そんな時、それまで横でじっと黙っていたフローラが、ビアンカに目をとめた。ビアンカは自分はただの幼なじみだと名乗り、なぜか逃げるように立ち去ろうとしたが、それをフローラが呼び止めた。
もしやビアンカは僕のことを好きなのではないか、と……。そして、それに気付かず僕がフローラと結婚して後悔することになっては………と、そう言ってうつむいた。ビアンカはそんなことはないと言っていたが、僕は……僕には、わからなかった。
僕は、ビアンカが好きなのだろうか?
結婚したいと考えるように好きなのだろうか?
……そんなこと、考えたこともなかった。
今回考えていたのは、天空の盾を手に入れること……ただ、それだけ。
でも、このように言われると、どうしようもなく胸がざわつく。このまますんなりフローラと結婚してしまっていいのかとの思いがあらためて胸をよぎる。
僕は……僕は………。
そんな僕を見かねたのか、ルドマンさんは、今夜一晩じっくり考えて、明日ビアンカとフローラのどちらと結婚するか決めればいいという。う〜む…僕の優柔不断を責めるどころか、自ら進んで自分の娘を天秤にかけさせるあたり、ルドマンさんは只者ではない。
そんなわけで、その日、僕はルドマンさんの手配してくれた宿屋(宿代まで払ってくれるなんて、なんていい人なんだろう!)に泊まり、ビアンカはルドマンさんの別荘に泊まることになった。
しかし、そんな状況でぐっすり眠れるはずもなく。
僕は、夜中にふと目が覚めた……。
上から、酒場のにぎやかな声がかすかに聞こえてくる。
……眠れない。
僕は、あきらめていったん起きることにした。
なんだかじっとしていられなくて、外に出る。宿屋の主人が、散歩でもすれば気持ちが落ち着くかも知れないといって労るように送り出してくれた。
ビアンカと結婚するか、フローラと結婚するか……。
一見、答えはもう最初から決まっているような気がする。
僕には天空の盾が必要だ。
フローラと結婚するために危険を冒して二つのリングを手に入れた。
フローラは綺麗で優しく、安らぎを与えてくれる素晴らしい人で、結婚相手として申し分ない。
……でも。なぜだろう。ビアンカのことを想うと、胸がざわめく。
めっきり年老いたダンカンさんの、ビアンカをよろしく頼むという言葉が思い出される。
そして、たった一人で死の火山に赴き、大火傷を負ったアンディのことも。熱にうかされながら、ただひたすらフローラの名を呼び続けたアンディ。宝も財産もほしくないと言っていたアンディ。
結婚とは、将来を共にする女性を選ぶことだとヘンリーが言っていた。
喜びも悲しみも分かち合い、生涯を共にする女性を選ぶのだと。
今、その言葉がずしりと重みを持って胸に響く。
盾さえ手に入ればそれでいい、とはもう思えなくなっていた。
僕は…僕は、一体何を望んでいるのだろう……。
そういえば、ビアンカやフローラはどうしているだろう。
気になったので、二人に会いに行ってみることにした。夜遅くのことなので、寝てるとは思うが……。
ビアンカの泊まっている別荘に行ってみると、意外にも、ビアンカはまだ起きていた。
二階の窓際にじっと佇んで、夜風に当たっているようだ。
夜風に金髪を揺らしたその姿は、ひどく美しく……そして、儚く見えた。
何となく目が離せなくて、思わずみとれていると、僕の気配に気付いたのか、ビアンカが振り返った。
ビアンカは、自分のことは心配するな、フローラと結婚した方がいいに決まっている、と言った。
けれど、そう言って夜空を見上げたビアンカは、どこか淋しげに見え……その姿がやけに印象に残り、目が離せなかった。
僕は思わずビアンカを抱きしめたくなった。
このままビアンカと一緒にいたいと思った。
でも、ビアンカは遠回しに一人にしてほしいと言っているようにも思えたので、僕はそのまま別荘を後にした。
そして、次にフローラと会うべく、ルドマン邸へと向かう。
歩きながら、僕は、ビアンカと一緒にした冒険のことを思い出していた。ビアンカが口にした様々な言葉と共に……。
ルドマン邸に着くと、幸いいつも入り口にいるメイドさんは居眠りをしていて、中に入ることができた。
部屋ではルドマンさんが起きていて、フローラを選ばなくても結婚式は任せなさいと言ってくれた。さらに、もうヘンリーとマリアに招待状まで出してくれているという。ルドマンさんって……見た目だけじゃなく、中身も本当に太っ腹。つくづくいい人だなあと思う。
ルドマンさんに感謝しつつ、フローラの部屋へ行ってみた。
フローラは、静かな寝息をたてて、よく眠っていた。
安らかな、安心しきった表情。
なんとなく、優しい気持ちになる。
……さようなら。
僕はそっと心の中で呟いて、彼女の髪に口付けた。
……今まで、本当に色々なことがあった。
これからも、色々なことがあるだろう。
嬉しいことも、胸を裂かれるような辛いことも。
そんな時、誰かが側にいてくれたら嬉しい。
君にも、今まで色々なことがあったろう。
これからも、色々なことがあるだろう。
嬉しいことも、胸を裂かれるような辛いことも。
そんな時、君の側にいたいと思う。
ずっと、君の側にいて支えてあげたい。
君と共に涙を流し、君と共に笑いたい。
これからの人生、叶うものならば。
君と共に、歩みたい。
冒険の書:
P27
……そして、翌朝。
ルドマン邸に着くと、既に皆揃っていた。
時計の音だけが、いやに大きく響く。
ルドマンさんは、やってきた僕を見てうなずくと、ビアンカとフローラ、どちらか本当に好きな方にプロポーズしなさいと言った。
僕の心は、もう決まっていた。
「…ビアンカ」
僕は彼女の前に立ち、その名を呼んだ。
はっと顔をあげる彼女。驚いたようにその目が見開かれる。
……ビアンカ。
君がどう思っているのかは、わからない。
けれど僕は、君とずっと一緒にいたいと思った。
嬉しいときも。
辛いときも。
ずっと、一緒に。
ビアンカは、そんな僕を見て、ありがとうと言った。
その目はうっすらと潤んでいた。
そして、また一緒に旅ができるねと言って笑った。
―それからは、あっという間だった。ビアンカが支度を整えている間、僕は、花嫁がかぶる予定のヴェールを山奥の村に取りに行った。そしてダンカンさんに結婚の報告をすると、涙を流して喜んだ。
ビアンカにヴェールをかぶせれば、後はもう、すぐに結婚式だ。なんだか僕は、まだ夢の中にいるようだった。
ヴェールを持って別荘の扉を開けると、そこに純白のドレスに身を包んだビアンカがいた。まばゆいばかりに美しく、同時に抱きしめたいほど可愛らしい。
急に僕は、恥ずかしくなった。ビアンカはあんなに綺麗なのに、僕ときたら、いつもの着古した服のままなのだから。
それでも、僕はおそるおそるビアンカに歩み寄り、シルクのヴェールをかぶせた。
……綺麗だ。
あまりに綺麗で、それになぜかいやにおとなしいものだから、なんだか知らない人みたいに見える。
ビアンカも、早すぎる展開に戸惑っているようだった。
でも、ビアンカは選んでもらって嬉しいと言ってくれた。
ずっと僕のことを好きだったと言ってくれた。
……ビアンカ!!
僕は、ビアンカを選んで本当によかったと思った。
一生、君と共にいる。
それを今日、神の前に誓おう……。
ビアンカを連れて教会に行く途中、誰かに呼ばれて振り返ると、なんとヘンリーとマリアだった。結婚式に来てくれたのだ。
ちょっぴり照れくさいけど、二人に来てもらえてとても嬉しい。本当言うと、ビアンカについても何かコメントがほしかったんだけど、まあ、贅沢は言わないでおこう。
それにしても、よく間に合ったなあ……。ルーラを使わないと、とても間に合いそうにないと思うんだけど。一体どうやったんだろう……?
なんにせよ、ヘンリーに会えたことで、緊張しきってた僕も、少しリラックスできたように思う。ヘンリーは、そういう奴だ。
僕は大きく息を吸い込むと、教会に向かって歩き出した。
教会は、厳かでありながらも華やかな雰囲気に包まれていた。ステンドグラスからは陽の光が差し込み、全ての椅子は、招待客で埋まっている。ダンカンさんの姿が見えないのが残念だが……身体があの調子では、仕方ないか。
神父の前にゆっくりと進み、誓いの言葉を述べ、指輪を交換する。その後、神父様に誓いの口づけをするように言われた。
え……口づけ……!?
い……いきなりそんなこと言われても!!
そ…そんな、今までしたこともないのに、こんな、みんなの前で!!
僕は頬が熱くなるのを感じた。
心臓が破裂しそうだ。
戸惑っていると、ヘンリーが、照れてないで早く口づけしちゃえよ、と冷やかしの言葉を投げてきた。
うー……うー……。
半ばパニックに陥りながらも、そっとビアンカを見やると、ビアンカはじっとこちらを見つめ、僕の接吻を待っている様子だ。
こうしてあらためて見ると、やはりはっと息を呑むほど美しい。
高鳴る鼓動を感じながら、僕は、意を決して彼女の額にそっと口付けた。
鐘が鳴り響き、これで僕たちは結ばれた。
まだ興奮はおさまらず、ぼうっとした気分のまま、僕たちは式場を後にする。
教会は歓声でわきかえり、並んで歩く僕たちに、次々と祝福の言葉をかけてくれた。
……本当に、夢の中にいるようだった。
その日は遅くまで祝いの宴が続き……
翌朝目を覚ますと、僕はルドマンさんの別荘にいた。
ゆっくりと身を起こすと、それに気付いたらしく、二階にいたビアンカがもうお昼近い時間よ、と笑いながら降りてきた。
そして、僕の側に来て言った。
ずうっと、ずうっと、仲良くやってゆこうね、と。
僕は、胸が熱くなるのを感じた。
大好きだよ、ビアンカ。
これからは、ずっと一緒だ。
この先何があっても、ずっと一緒にいよう。
ずうっと、ずうっと。
死が二人を分かつまで……
2004.5.25
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