脱出

 

ぼうけんのしょ:P11

 

 ―鞭の音があちこちで聞こえる。

 鞭男のやかましい声も。

 ひどく、耳障りだ。

 ……近づくとぶたれるから、鞭男には近づかない方がいい。

 それをすぐに知った僕の足はいつも、自然と鞭男から離れていく。

 しかしーああ!どこもかしこも、鞭の唸りの聞こえないところはない。

 僕の耳に届くのは、全てを引き裂く鞭の唸りと苦しげな悲鳴。

 僕の目に映るのは、虚ろな目をして死んだように歩く人々。

 暗い土塊の中に閉じこめられ、泥にまみれた哀れな奴隷達。

 そして、……むろん僕も、その一人。

 

―10年、たった。

 

 あの憎きゲマに父が殺されてから、10年。

 母を探せと父に言われてから、10年。なのに僕は、母を見つけるどころか、いまだに光の教団に囚われたまま、脱出の糸口すら見つけ出せずにいる。

 ……だがいつか、必ず。

 その思いを胸に秘め、僕は今日も作業場を歩く。

 途中、ヘンリーに会った。

 ……ヘンリー。最初に会ったときは高慢で意地悪で、なんて嫌な奴だろうと思った。でも、今ではすっかり性格が変わって、僕の一番の親友だ。

 こんな所にいても、ヘンリーは陽気で、底抜けに明るい。あまりにも豪快に笑うから、その時だけは、思わずここがどこだか忘れてしまいそうになる。要領が良くてお調子者で。決して何も悩んでいないわけではないけれど、それを見せようとはしない。僕が深刻な顔をしていると、いつもからかい半分に励ましてくれる。

 ……変われば変わるもんだなあ。

 逃げ出す相談をしたかったが、見張りがいたので今日はあいさつを交わすだけにし、下の方に向かった。

 下には、古びたお墓がある。しかも、相当古いのばかりだ。あれ、この前死んだ人のお墓はどうしたのだろう……って、今のこれ、はたから見たら、結構コワい考えかも。でも、それだけしょっちゅう人は死んでるんだ。だから教団は次々子供をさらって……。ああ、今こんなこと考えてても仕方ないな。あまり長居もしてられないし、そろそろ上へ戻らないと。……お墓参りでもしようかと思ったんだけど、あの人のお墓、なかったからなあ。やっぱり埋められちゃったのかな?……うう、こんなこと素面で考えてしまう自分が恐ろしい……。

 戻る途中、教団の兵士に会った。教団の兵士というのは、高慢ではあるけれど、むやみに暴力をふるうことはないし、鞭男ほど嫌な奴ではない。中でもこの兵士は、僕たちにも親切で礼儀正しく、なかなか好感の持てる人物だった。この前ここに来たばかりみたいだけど、こういう人がいると僕も嬉しい。それで、僕は通りすがりに挨拶をしたのだが、その人は何かぶつぶつ考え込んでいて、僕に気付かないようだった。なんでも、この兵士さんの妹のマリアという人が教祖の怒りをかって奴隷にされてしまった事を思い悩んでいるらしい。なんとかしてあげたいが、今の僕にはどうすることもできない。とりあえず、僕は黙ってその場を後にした。

 上へ戻るともう日が沈みかけていて、今日の作業は終了。眠ることになった。

 ……だが、なんだか夜中に目が覚めてしまった。隣にいたヘンリーの話によると、またうなされていたらしい。起こしてしまったんなら、悪いことしたかな。

 夢を見たかどうかは覚えていないが、いったん目が覚めると眠れなくなってしまった。仕方がないので、あちこち歩き回って、起きてる人と話してみることにした。炊事場の方に目をやると、おばさんと、見慣れない若い女性が話している。その人はマリアという名前で(じゃあ、この人があの兵士の妹か!)、信者だったのに教祖のお皿を割ったというだけで奴隷にされてしまったのだと、おばさんが憤慨しながら教えてくれた。マリアは、教祖の考えについていけないところがあったから、奴隷にされてむしろよかったのだと笑っていたが……そんなふうに思えるっていうのは、結構すごいことかもしれない。

 それにしても、マリア達一般の信者は奴隷のことを知らないとか。光の教団は、甘言を弄して次々と信者を集めているようだが……奴らの正体を大声で教えてやりたくてたまらないな。外は魔物がウヨウヨしてるけどここなら教祖の力で安心だ、なんて言ってる人もいたけど、教団の奴らより性質の悪い魔物なんて、会ったことがない。いつかきっと光の教団の非道の数々を世間に知らせ、ゲマと教祖は僕が直々に仕留めてやるぞ!

 ……とは思ったものの、有効な手立てもなく、朝が来ればまた鞭男の言うなりになる毎日……ううっ、かっこ悪いなあ……(涙)。

 しかし、今日はいつもと違った。

 作業場に行くと、ちょっとした騒動が持ち上がっていたのだ。

 近づいてみると、騒ぎの中心にいたのはあのマリアだった。なんでも、うっかり鞭男の上に石を落としてしまったらしく、怒った鞭男にひどく鞭打たれていたのだ。マリアは息も絶え絶えといった様子で謝っていたが、鞭男はまったく許す気がないようだった。

 ……凍りつくような恐ろしい音が響き渡る。

 マリア……ついさっき、話したばかりなのに。…なんて言うと、死んだ人みたいで縁起悪いが、本当にそんな気分になったのだから仕方ない。とにかく、なんとかしないと。

 そう思って、あらためて辺りを見回すと、ヘンリーがいた。話しかけると、ヘンリーは、もう我慢できない、と言ってマリアを助けに飛び出していってしまった。

 ……戦うしかないかっ!!

 そして、鞭男との戦闘。武器防具は十年前に取り上げられているため、直接攻撃では思ったようにダメージを与えることができないが、呪文なら支障はない。僕はバギと回復、ヘンリーはメラの連発で、わりとあっさりカタがついた。

 …が、世の中そうそううまくいくわけがない。奴らをとっちめたところに教団の兵士達がやってきてしまった。こういう時のための兵士だから、さっきのように簡単にはいかないだろう。とりあえず、おとなしく捕まるしかなさそうだ。

 そんなわけで、僕たちは牢に入れられてしまった。でも、マリアは手当てをしてもらえるみたいだから、よかったと思う。丁度、駆けつけてきた兵士達の長がマリアのお兄さんだったのだ。マリアの方は、これで一安心だろう。僕たちは……わからないが。

 まあ、ヘンリーの言うとおり、鞭で打たれるよりは牢にいるほうがいい。ちょっとばかり退屈だけど、こういう時はヘンリーを見習って、気楽に構えた方がいいのかも。それにしても、誰も来ないなあ……。そろそろ教団側からなんらかの動きがあってよさそうなものなのに。

 そんなことを考えていると、人影が見えた。僕がじっと見ていると、人影は無言で牢の鍵を開けて、そのまま歩き去ってしまった。驚いたが、ヘンリーにせかされて慌てて追いかけると、そこにはマリアがいた。お礼を言いにきてくれたのかと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。何やら急いでる様子で、こちらへ来てほしい、と言う。

 ついて行ってみると、牢の奥の水路前に、マリアの兄さんがいた。

 彼はヨシュアと名乗り、妹のマリアを連れて逃げてほしい、と僕たちに頼んできた。ここ最近、神殿が完成したら口封じのために奴隷達は皆殺しにされるという噂があるが、ヨシュアはそれを聞いてマリアを逃がすことにしたようだ。

 もちろん、僕たちに断る理由など何もない。僕もマリアを助けたいと思うし、ここから逃げなくてはと、ずっと思ってきたのだ。死体を流すためのタルに入って、というのがちょっと気味が悪いが、ここから脱出できるなら、そんなことはなんでもない。これは願ってもない申し出である。

 僕の返事を聞くとヨシュアは、僕がさらわれてきた時の荷物とお金はタルの中に入れておいたから、誰か来ないうちに早く入れ、と言った。それで挨拶もそこそこに、急いでタルの中に潜り込む。

 それにしても、僕がさらわれてきた時の荷物なんて、よく残ってたなあ。10年もたってるというのに、ゴールドオーブ以外になくなったものはなく、お金もまったく減っていない。普通なら、ゲマにやられた時に半分になっているはずだし……そもそも、教団の奴らが、さらってきた子供の荷物を取り上げておきながら、使いもしないなんて、かなり変な話だ。お金なんか、お布施として全部取り上げられてるものとばかり思ってたけど……。ひょっとすると、子供の持ち物だから、大した物は入ってないと思って中を見なかったのかな?しかしそれならとっくに捨てられてたと思うし……。教団が僕の持ち物をきちんと保管して、しかもまったく手をつけないでいてくれるとは……。あ、それとも、ヨシュア(か、ヨシュアみたいないい人)が、個人的に僕の持ち物を保管してくれていたのかな。僕の袋はちょっと珍しいから、それで中身もついでにとってあったとか。

 ……謎だ。光の教団最大の謎かもしれない。

 しかしまあとにかく、今はそんなことを考えている場合ではない。無事脱出できることを祈らなければ。

 ヨシュアがタルを押し出す。タルが水路を流れる。

 そして、タルは神殿の外へ……。

 そこは、高い高い、雲をも貫く高い山の上だった。

 その山から、水が滝となって流れ落ちている。

 僕たちの入っているタルも、そこを流れ落ち……って、ちょっと待て!

 死ぬぞ、これ!!こんな所落ちたら、99パーセント死ぬ!!

 誰だ、生きて脱出できるなんて言ったのは〜〜!!

 教団で生き埋めにされるよりはいいかもしれないけど、やっぱりまだ死にたくない〜〜〜!!!

 ……が、泣いても叫んでも、今さらどうにかなるもんではない。

 タルは………見事な放物線を描いて転落した。

 

 ……気がつくと、波の音が聞こえた。

 せまくて体は動かせないが、ヘンリーとマリアがいるのを感じる。

 意識はないみたいだが、温かいから生きているようだ。

 とりあえずは、助かったらしい。あんな滝から落ちて、よく生きてたもんだ。

 しかし、これでは身動きがとれない……。

 生きているうちに、どこかにたどり着けるのだろうか。

 

 ……夜が来て。

 朝が来て。

 ……夜が来て。

 朝が来て。

 ……また夜が来て。

 朝が来て。

 

 ……もう、ダメかもしれない。

 そう思ったとき、遠くから鐘の音が聞こえてきた。

 不思議と安らぐ音だった……。

 

 

 

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