緋色の涙(3)

 

 

 フロイの存在を知ったら、イーグルはどうするだろう。

 イーグルもフロイも、その相反する思い故に分離した。

 ならば、迎え入れることはしないだろう。

 互いにそれを望まない。望み得ない。

 ならば。

 放置するか。…害するか。

 いや…もしイーグルにそのつもりがなくとも。

 フロイは、自分を「ランティスを想う心」だと言った。
 ならば、イーグルとランティスが戦うのを黙って見ているとは考えにくい。

 フロイがイーグルの妨害をすれば、イーグルはフロイを攻撃する。

 恐らく今のイーグルは、自分自身を傷つけることを躊躇いはすまい。

 ―イーグル。

 ランティスは、今や敵となった友のことを思った。

 その友の心の一部は…今、ランティスの目の前で、微笑んでいる。

 血を、流しながら。



 ランティスは、フロイを、城の奥の封印の間へと連れて行き、結界をはって彼を封じ込めた。

 また彼を閉じこめてしまうことを、ひどく申し訳なくは思ったものの、今のランティスには、フロイを守るため、それしかできることがなかったのだ。

 ―導師クレフに相談できればいいのだが。

 ランティスは、そう思って深くため息をついた。

 クレフなら、二人を傷つけずにフロイをイーグルのもとへ帰す方法を知っているかもしれない。

 だが、今クレフは先の戦いでひどく疲弊し、とても魔法を使うなどできない状態。
 いや、仮に体調が万全だったとしても、今まさにセフィーロに攻め入ってきているイーグルのために、力を貸してくれるかどうか。
 ランティスは、確信が持てなかった。

 このセフィーロには、どこにも。

 ランティスを理解してくれる人は、もう、どこにもいなくなってしまった。

 こんな時、思う。

 ―イーグルが、どれほどかけがえのない存在だったのかを。

 そして、その友に刃を向けざるをえない今を。


   ―自分の心にも、フロイがいるのだろうか。

 

 

 フロイは、ランティスにおとなしく従い、封印の間へ赴いた。

 できればランティスともっと一緒にいたかったし、彼の力になりたかったが、ランティスの考えもよくわかったから。

 そして、自分にできることが何もないのも、また、よくわかっていたから。

 ランティスに言われた通り、封印の間で待つ事にした。

 次に彼を迎えに来てくれるのは、イーグルなのか、ランティスなのか。
 それとも、死か。

 それはわからなかったけれど。

 ただ、彼は待っていた。

 イーグルの心を、感じながら。


 待つ間にも、フロイにはイーグルの心が手に取るようにわかった。

 なぜなら、フロイはイーグル自身であったから。

 イーグルがランティスと再会したこと。

 刃を交えたこと。

 王冠の部屋に入ったこと。

 全部わかった。

 特に、イーグルがランティスと相対した時、フロイの傷は激しく痛み、いっそう血を流した。

 痛みに耐えながらフロイは、ただそこで、じっと見守っていた。

 イーグルが見るもの、感じるものすべてを。


 ノヴァの存在も知った。

 彼女の気持ちはよくわかる。

 そう…自分も、イーグルの中に帰りたいと思う。

 でも、それは…駄目なのだ。

 この体から流れる血が止まらない限り。

 やがて、自らの命の終わりが近いことを知ったイーグルは、セフィーロと停戦した。

 そして、ランティスを救出すべく戦いに赴く。

 そんな様子も、フロイにはわかった。

 今なら、イーグルと一つになれるであろうことも。

 しかし、ランティスはどういう種類の結界をはったのか、フロイは封印の間から出ることができない。

 それでなくとも、イーグルもランティスも特殊な異空間にいて、こちらから赴くのは難しいと思われた。

 だから、フロイは、ただ見ていた。

 イーグルの戦いを。救出されるランティスを。


 彼の命が、尽きるまで……。

 

 

 魔法騎士がデボネアを倒した。
 そして新しい柱となった光は、セフィーロから柱をなくすことを願いーセフィーロは、本当に美しい世界へと生まれ変わった。

 だが。

 イーグルは……。

 

 魔法騎士達が帰って一段落ついた後、ランティスの足は、自然と封印の間へ向かっていた。

 そこにはもう、誰もいるはずがないとわかってはいたが。

 それでも、多少なりと親友と関わりのある場所を探さずにはいられなかったのだ。

 まだ、どこかから彼がひょっこりとその笑顔をのぞかせるような気がして。


 封印の間の扉を開ける。

 また、失望することになるのだろうなと思いながら。

 だが、そこは無人ではなかった。

 その後ろ姿。

 フロイ……いや。

「イーグル……?」

 ランティスの声に、彼はこちらを振り向き、にこりと笑った。

「こんにちは」

 イーグルと同じ笑顔。

 あの時と同じ言葉。

 ー既視感。

 彼はもう、子供の姿をしてはいなかった。

 傷ついてもいなかった。

 そう。

 それはイーグルと、全く同じ……。

 だが。そんなはずはない。

 ……そんなはずは、ないのだ。

「お前は……イーグル、なのか……?
 それとも、フロイ……か?」

 半ば呆然としたようなランティスを面白そうに見やって、彼は、笑顔のまま言った。

「そうですね……なんといえばいいのか。

 僕はフロイでもあり、イーグルでもあります。

 順にお話ししましょう。

 …フロイが、あなたを思うイーグルの心の一部だということは、ご存じですよね。

 イーグルは、フロイの存在を知らないままに逝った。

 でも、その最期の瞬間の想いが、フロイの時と同様、このセフィーロに焼き付いた。

 あなたへの想いはもちろん、…オートザムに残してきた、全てのものへの想いが……。

 そういう意味では、僕はフロイに近いのかもしれません。

 ―僕達は、イーグルの心が生んだものだから。

 そして、僕はもうあなたと戦う必要がなくなった。

 だから、僕はフロイのもとへ行き、フロイと一つになりました。

 今の僕は、イーグルの心そのもの。

 まあ、こういう存在ですから、セフィーロから離れることはできませんし……幽霊みたいなものかもしれませんが」

 言って、彼はまた笑う。

 生前と全く変わらない笑み。

 そう言えば、エメロード姫の最後の想いは、彼女の死後も、王冠にしばらく留まっていた。

 イーグルも、柱の証のある部屋に入り、無事に出てきた…柱になれるほどの心の強さの持ち主。

 ならば、エメロード姫と同じく、その思いが形を持って……?

「僕は、いずれ消えるでしょう。
 心残りだったことが解決したら……。
 オートザムが救われ、あなたとヒカルが幸せになるのを見届けたら……。

 もっとも、このぶんだと当分先になりそうですが」

 イーグルは、ランティスに微笑みかける。

 初めて会った時と、同じように。

「また、よろしくお願いしますね。……ランティス」

 その笑顔。

 見る者全てを温かく包み込む、その笑顔。

 しかし、その裏に、緋色の涙を流す子供がいることを、ランティスは知っている。

 ―イーグルが、心からの笑顔を見せてくれるように。

 たとえそれが、別れの時であったとしても。

 彼の幸福を、心から願う。

 願いはきっと、叶えられるだろう。

 なぜなら、ここは意思の世界、セフィーロだから。

 

 

 

2006.5.7

 

 

 

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 後書き

 ノヴァが「言えなかった心の叫び」なら、イーグルにノヴァがいてもおかしくないと思い、こんな話を作ってみました。
 フロイは、ドイツ語の「
freundschaft(フロイントシャフト)[=友情]」から。
 とりあえず、ハッピーエンドのつもり…です。
 #心残りがあって成仏できない、という言い方もできるのですが。
 イーグルが最期に、あまりにも悲しそうな顔で笑うものだから…。
 二つのアイデアを無理矢理つなげたため、つなぎが少々不自然になってしまったのが、反省点。

 

 

 

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