緋色の涙(1)

 

 

 ―夢を、見ていた。

  ―昔の、夢。

  初めて会った時、その青年は、「ああ」とぽつりと答えたきり。

  無口で、無表情。

  でも、その紫暗の瞳が優しげで。

  そして、またひどく寂しげで。

  彼が微笑んでくれた時、とても嬉しかったのを覚えている。

  それは微笑みというには、あまりに乏しい表情の動きだったけれど。

  なぜか自分には、彼の考えていることが、手に取るようにわかった。

  そして、彼もきっとそうだろうと不思議と確信していたのだった。

 彼のその瞳から、寂しさを取り除きたかった。

 そのためなら、どんなことでもしたいと思った。

 自分は、彼が大好きだった。

 おとぎの国からやってきた、孤独な戦士。

 その優しさも、強さも、不器用さも。

 大好きだった。

 ―でも、もう、これは、遠い昔の夢。

 ―むかしむかしの、夢だ。

 

 

 金色の瞳の戦士は、血を流す。

 心に、赤い、血の涙を。

 それは、決して止まることなく、流れ続ける……。

 

 

「……いいえ、それは違います。」

  ―声が聞こえた。

「セフィーロは…セフィーロは…」

  ―綺麗な、優しい声。
   でも、どこか悲しげな。

  ―これはおそらく、エメロード姫の。

 そこから先は、聞くことができなかった。
 ただ、眩いばかりの光に包まれたのを、覚えている。

 そしてー夢を見ていた。

 いつも見る、夢。

 消し去ったはずの、心。

 しかしそれは、夜ごと夢に現れては、血の涙を流させる。

 

 でも、この時。

 いつもと違う夢も見た。

 

 

―これは、夢。

 目を開ける前からわかった。

 そこがとても暖かかったから。

 話に聞くセフィーロの陽の光は、こんな感じだろうと思っていたから。

 決して触れることの叶わぬものとわかっていたから。

―だからこれは、夢。

 

 目を開けると、そこには美しい緑が広がっていた。

 どこかの庭だろうか。

 それにしても。
 …本物の緑は、こんなにもかぐわしい香りを放っているものなのか。

 思わずそばの木に触れようとするが、まるで立体映像のように、伸ばした手の先からは、何も感じることができなかった。

 これは夢だから、立体映像のようなのはむしろ自分の方だろうとわかってはいたけれど、やはりそれを少し残念に思った。

 辺りの景色を眺めながら、ゆっくりと進んでいくと、泉のそばの、一際大きな木の上に、誰かがいるのが見えた。

 ―ランティス。

 心のどこかが、ずきりと痛む。

 しかし、彼から目を離すことができない。

 そこへ、誰かがゆっくりと歩み寄ってきた。

「―またここにいたのか。ランティス」

 ランテイスと同じ声。同じ瞳。

 おそらくこの人が、ランティスの兄。
 神官・ザガートだろう。

 そして、渡り廊下にいた、金色の髪の美しい少女が、エメロード姫。

 ―自分は今、昔のセフィーロにいるのだ。
  ランティスの瞳にいつも映されていた、あの。

 ザガートは言った。

「私は姫を愛する心を止められない」と。

この時から既に、セフィーロは崩壊へと向けて進み始めていたのだ。
風が吹く。それは柱の心の揺らめき。

ランティスは言った。

「本当に美しいのは、柱がなくとも花は咲く世界だと思う」と。

…そう言った彼は、ひどく、悲しげな瞳をしていた。

 

 ―そう。自分は、この瞳から、悲しみを取り除きたいと思ったのだ。

 しかし、今や自分は、彼に敵対し、彼を傷つけるだけの存在。

 悔いるつもりはない。

 自分で決めたことだから。

 

 それでも。

 

 金色の瞳の戦士は血を流す。

 心に、赤い、血の涙を。

 それは、決して止まることなく、流れ続ける……。

 

 

 

2006.4.30

 

 

 

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