闇と栄光

 

第六章 聖堂騎士団長

 

 

 ククールが修道院にやってきてから8年の歳月が流れた。

 マルチェロは、若くして聖堂騎士団の副団長になっていた。

 既にこの修道院で、学問でも武芸でもマルチェロにかなう者はいない。切れ者のマルチェロのおかげで修道院の財政も安定し、皆がその手腕に敬意を払った。

 だが、マルチェロは不満だった。

 …自分はこれだけ努力しながら副団長。一方、騎士団長は、面倒な仕事の殆どをマルチェロに任せるくせに、マルチェロより上の地位にいるのだ。尊敬に値する人物ではない。…オディロ院長ならともかく。

 騎士団長は、マルチェロよりも20以上も年上で、そんなことを不満に思っても仕方ないのだが…彼がいるかぎり、マルチェロは騎士団長にはなれないのだ。彼が退任するまでーあと10年ぐらいは待たねばならないだろう。そして、その頃にはククールは、マルチェロと同じ聖堂騎士団に入っているはずだ。既にククールは、騎士見習いの地位を得ている。副団長といっても、まだまだその立場は不安定なもの。早く実権を握り、聖堂騎士団での地位を揺るがないものにしなくては。少なくとも、ククールが正式に入団する前に。

 …マルチェロは、焦っていた。

 

 そんな折。聖堂騎士団に、魔物討伐の命が下った。

 アスカンタにつながる街道からほんの少し離れたところに、ゴーレムや強力なブラウニーが出没し、旅人を困らせているという。

 いくらなんでもゴーレムは眉唾ものだが…ブラウニーなら、出てもおかしくない。たぶん、その変種のようなものだろう。

 魔物討伐は、ポイントを稼ぐ絶好のチャンス。これまでも、色々な面で手柄を立ててきたマルチェロだが、ここまで早く副団長になれたのは、魔物討伐の功績によるところが大きい。生憎現時点ではこれ以上の出世は望めないものの、修道院内でのマルチェロの発言力を大きくする程度の効果は見込めるだろう。

 マルチェロは、留守番のククールを尻目に、はりきって出立した。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 目的地に着くと、騎士団はいくつかの隊にわかれ、雑魚モンスターを蹴散らしつつ、目的のモンスターを探し始めた。

 マルチェロは、騎士団長と共に中央の隊に留まり、待機。気を抜くわけにはいかないが、退屈な時間だ。できれば自分が行くまで標的が倒されることのないよう祈りつつ、モンスター発見の知らせを待つ。

 しかし、そこへ突然襲いかかってきたのは、ヘルホーネットの大群だった!!

 マルチェロは、隊をよく指揮し、ヘルホーネットを退けていたが、その最中、別方向からやってきた幻術師のメダパニに騎士団長がやられ、混乱した騎士団長は、馬を駆ってどこかに行ってしまった。

 実のところ、マルチェロにとっては騎士団長がいない方がやりやすかったりするのだが、放置しておくわけにもいかない。

(まったく…なんてだらしのない!!)

 心の中で舌打ちしつつ、何人かの部下を団長捜索に向かわせる。

 そうしている間にも、次々とモンスター達は襲いかかってくる。

 ヘルホーネットだけではない。デスファレーナにおおめだま、はてはリンリンにデンデン竜まで。

 ひっきりなしに襲いかかってくる。

(…おかしい。いくらなんでもこんなに間断なく襲撃があるなど、異常だ。何か原因があるのでは……?)

 疑惑は募るが、原因を探ろうにも、モンスター達の襲撃は激しく、手を休めるわけにはいかない。

 斬っても斬っても魔物の群れ後をたたず、次第に体力も魔力も底をつきはじめた。

 配下の騎士達にも疲労が見え始め、倒れる者が増えていく。

 マヌーサの霧に視界は閉ざされ、メダパニで混乱した者により、同士討ちが各所で発生。

 マルチェロのおかげでかろうじて隊としての形を維持していたが、それももう殆ど崩れかかっていた。

 そんな時。

 必死に剣を振るい、部下に指示を飛ばすマルチェロのもとに、いきなりすぐ横手から斬りかかる者があった。

 マルチェロの側で、その補佐をしていた部下が、メダパニにかかったのだ。

 咄嗟に気配を感じて攻撃をかわしたマルチェロだが、完全に不意を打たれたため、バランスを崩してしまった。

 慌てて体勢を立て直そうとするマルチェロ。

 しかし、踏み出した足場は突如消滅した。

 戦いを繰り広げるうちに、マルチェロの隊は、崖のすぐ側まで来ていたのだ。

 完全にバランスを崩し、マルチェロは、崖の下へと落ちていった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 ……意識を失っていたのは、一瞬のことだったらしい。

 影の向きで、それをまず確認する。

 濃い霧が出ており視界は悪いが、なんとかそれぐらいはできた。

 幸い大した怪我もないようだ。

 …だが。

 と、地図で現在地を確認したマルチェロは顔を曇らせる。

 先ほどいた場所まで戻るには、かなり遠回りをしなければならないだろう。

 面倒なことになった。…それまで部下達が無事でいてくれればいいが。

 マルチェロは一つ頭を振ると、持っていた薬草で簡単に傷の手当てをし、隊と合流すべく歩き出した。

 歩きながらも考えるのは、やはり先ほどの戦いのこと。

 …あれほどモンスターに襲われ続けたのは何故なのか。

 あれはどう考えても異常だ。何かこちらに、魔物を呼び寄せるようなものがあるのではないか?

 とにかく、何かがあるのは間違いない。

 …それが人にせよ、物にせよ。

 ククールがいれば、問答無用で彼がその原因だと決め付けるところだったが、生憎彼は今回の魔物討伐には同行していない。

 ちゃんとした原因を突き止める必要がある。

 

 マルチェロは、これまでに読んだ書物の中から、魔物を呼び寄せるようなものについての記述があったかどうか思い出そうとした。

 

 そんな時。

 ふと彼は、馬のいななきを聞いたような気がした。

 それも、そう遠くない場所で。

 

 マルチェロは、慌てて声のする方に駆け出した。

 

 再び、馬のいななき。それも、さっきより大きい。

 続いて、どさりと何かの落ちる音。

 

 駆けつけたマルチェロが見たのは、つぶれかけた馬と、その側に倒れた聖堂騎士団長だった。

 

「騎士団長殿!!」

 慌てて駆け寄ろうとするマルチェロに、突然、何か重い塊のようなものが襲いかかってきた。

 間一髪でかわす。

 そちらに目をやると、濃い霧の中、朧にゆらめく巨体があった。

 足だけで、マルチェロの何倍もありそうな大きさ。

 時折光を反射して鈍く光る体。その金属的な質感。

 あれは…ゴーレム!?

 マイエラ地方にゴーレムはいないはず。あれは西の大陸の…リブルアーチ地方に出現するモンスターのはずだ。

 しかし…他に考えられない。

 ゴーレムに襲われたという旅人の話は、本当だったのか。

 

 いかなマルチェロとて、強力無比なゴーレムと、それもたった一人で、戦ったことなどない。

 これは絶体絶命の大ピンチ、と言えるかもしれない。

 だが。

 

 …マルチェロは、口元にゆっくりと笑みを浮かべた。

 予定とはやや違うものの、こうして標的に巡り会えたわけだ。

 しかも、今ここにはマルチェロ以外に動ける味方はおらず、功績を横取りされる心配もない。

 そして、隊長直々にマルチェロの魔物討伐の功績を証明してもらえるわけだ。

 まさに、絶好の機会!!

 

 マルチェロは剣を抜き、ゴーレムと対峙した。

 ゴーレムの攻撃力は侮れない。まともにくらえば、かなりのダメージになる。

 幸い奴は大きいだけあって動きが遅い。先手をとって、少しでも攻撃を受けないようにしなければ。

 奴の動きの隙をつき、一気に……斬る!!

 確かな手応えがあり、奴に傷を与えた。

 しかし、固くて思うようにダメージが与えられない。

 今まで戦った魔物なら、たいていはーこの界隈で最強と言われるデンデン竜でさえー一撃で葬ってきたものを。

 だが、戸惑っている暇はない。攻撃を加えたら、すぐに離れる!

 奴の攻撃を直に食らうことだけは、なんとしても避けなければ。

 …その判断が功を奏し、マルチェロは、ゴーレムの次の攻撃の直撃を免れた。だが、それでも全くのノーダメージとはいかない。かすった衝撃だけでもかなりこたえるし、攻撃により飛び散った石礫なども、馬鹿にならない。

 マルチェロだけならまだしも、かなり弱っていると思しき騎士団長も、それでダメージを受ける。

 ……長期戦になったらまずい。少しでも早くカタをつけねば。

 だが、奴は固い上に大きい。斬っても斬っても一向に応えない。

 確実にダメージは与えているはずなのに。

 この戦いが終わるまで、団長がもってくれればいいのだが…。

 そう思い、横目で団長の様子を窺ったとき、そこに忍び寄るもう一つの影を見た。

 ゴーレムではない。

 あれは…ブラウニー!?

 

 咄嗟にそちらに向け、ナイフを投げる。

 

 その一瞬だった。

 ゴーレムの剛腕がマルチェロを襲ったのは。

 

 一瞬、息がつまる。

 激しく地面にたたきつけられた。

 頭の中が真っ白だ。

 全身が痛む一方で、それ以外の感覚は遠のいていく。

 何も見えない。

 聞こえない。

 意識が薄れていくのを感じる。

 

 ……駄目だ。このままでは………。

 

 必死に意識を保とうとするが、うまくいかない。

 何かを求め、手をのばした時、ふとそこに、ククールの顔が浮かんだ。いつもどこか人を小馬鹿にしたような、あのできそこない。

 

 次いで浮かんだのは、アンジェロの顔。言葉。

 

「…その時、お前がどんな顔をするのか、是非見てみたい」

 

 そして再び、ククールの顔が目の前に現れた。マルチェロを鼻で笑って、憎々しげにこちらを見下ろしている。

 

 ……見下ろされるのは、もう、まっぴらだ。

 

 そう思ったとき、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 どんどん、どんどん、熱くなってマルチェロの心の底からあふれだす。

 それは第三者から見たら、マルチェロから熱いオーラが可視できるのではないかと思われるほどだった。

 その熱さが頂点に達したとき。

 マルチェロは、その熱のすべてを掌に注ぎ込み、放った。

「メラミ!」

 

 それは白い炎となって、ゴーレムに命中。

 その巨体を、一気に巨大な火柱が包み込んだ。

 黒煙をあげて、ゆっくりと崩れ落ちるゴーレム。

 ……全てが、炎に呑まれていく。

 もう、立ち上がることはないだろう。

 

 それを見ながら、マルチェロは、ゆっくりと立ち上がった。

 受けたダメージは甚大で、頭もまだどこかぼうっとしている。

 少しずつ感覚が戻ってきているが、それもまだどこか現実味を欠いていた。

 今自分のやったことが信じられなかった。

 ……あれほどの熱が、自分の裡に眠っていたのか。

 ゴーレムを、一瞬で焼き尽くすほどの。

 そして…、と、マルチェロは自分の掌を見る。

 あれほどの熱を放ちながら、自分の中にある炎が一向に消える気配がないのが不思議だった。

 

 ……この手でククールを焼き尽くさなければ、この炎は消えないのかもしれない。

 

 そう思って一つ息をつく。

 それと同時に、思考は急速に明晰さを取り戻しつつあった。

 それで彼は、重要なことを思い出した。

 

「騎士団長!?」

 

 騎士団長は、今しも先ほどのブラウニーにとどめをさされようとしているところだった。

 マルチェロは、渾身の力をこめて剣を投じる。

 剣はブラウニーの眉間に命中し、一瞬で絶命させた。

 

 マルチェロは、傷ついた体を必死にひきずりながら騎士団長のもとへ歩み寄った。

「騎士団長!!」

 必死に呼びかけるが、騎士団長は既に虫の息である。

 急いで回復呪文をかけようとして…マルチェロは、ふと手をとめた。

 

 このまま、死んでくれた方がいいのではないか。

 

 マルチェロに囁きかける声がする。

 

 お前はいつも、この男のやり方に不満を抱いていたはずだ。

 この男がいなくなれば、お前は自分のやりたいようにできる。

 

 ……そう。あのククールを追い出すことだって……。

 

 マルチェロは、動けなかった。

 

 今にも命尽きそうな騎士団長を見る。

 その首にかけられた十字架が目に入った。

 

 ククールの顔が浮かぶ。

 憎らしくて憎らしくてたまらない、ククール。

 

 だが今、この目に映る……十字架。

 マルチェロの胸にもかけられている、この十字架。

 

 マルチェロは十字架を握りしめ………

 

 騎士団長を助けるべく、再び手を伸ばした。

 

 だが。

 

 回復呪文をかけたのに、反応がない。

 そういえば、さっきまで聞こえていた荒い呼吸が聞こえない。

 脈をとってみるが、何も感じられない。

 ……死んでいた。

 

 あの、迷った一瞬に。

 

 ついさっきまでは、確かに生きていたのに。

 

 団長の首からかけられた十字架が、胸の上からすべり落ち、カチャリと小さな音を立てた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 マルチェロは神の道を選択したのに、神はそれに応えなかった。

 思えばいつもそうだった。

 ……いつも。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 それからほどなく本隊と合流したマルチェロは、標的のモンスター二体を既に倒したこと、しかし団長はマルチェロがかけつけた時には既に亡くなっていたことを伝えた。

 誰も、マルチェロの言葉を疑う者はなかった。

 修道院に帰り、オディロ院長に同様の報告をしたが、院長も同様で、隊をよくまとめた上に、たった一人で魔物を倒したマルチェロの功績を褒め称え、亡き騎士団長にかわってマルチェロが新騎士団長となって、この聖堂騎士団をまとめるよう言われた。

 

 十字架だけは、マルチェロの行いを見ていたはずだったが、十字架は何も語らない。

 ただ、結果だけがそこにあった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 後日の調査で、あの異常なモンスター襲撃は、ある騎士団員の持っていた匂い袋にあることが判明した。

 趣味で薬草調合をしており、異臭を放つその代物が、モンスター退治に役立つのではと持ってきたらしい。とんだ見込み違いだったわけだ。

 その団員は当然の如く、皆から白い目で見られることになったが、新団長マルチェロとしては、彼を騎士団に置いておきたかった。

 マルチェロが騎士団長になれたのは、間接的には彼のおかげとも言えるわけで、特に恨みは感じていなかったし、何より、彼が普段上薬草などを調合してくれることは様々な面から喜ばしいことであった。オディロ院長も例によって甘いので、結果として、彼は騎士団を追放されることもなく、比較的軽い処罰ですんだ。

 彼は実直な性格で、そのことをオディロ院長とマルチェロに心から感謝し、また他の団員達も、一番被害を受けたであろう新団長の寛大な心に一様に感服した。これこそが、マルチェロの狙いだった。

 あのククールが誰からも感謝されていないのとは大違いだ。

 それに。

 

 ……この、匂い袋。

 …いずれ、何かの役に立つだろう。

 

 

 

2005.10.31

 

 

 

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