関東大会までを振り返って

 

 

このほど、ようやく関東大会が終了し、よくも悪くもひと区切りがついた。ここで、あらためて「テニスの王子様」という作品について考察してみようと思う。

 大体どのジャンルにも「王道的ストーリー」「定番パターン」というものがあるが、今回は、そういったものと、「テニスの王子様」の比較を中心にすすめていきたい。なお、ここで取り上げる「王道」は、あくまで私の持っているイメージにすぎないことを申し添えておく。

 

<主人公、入学>

 弱小校に驚異的な実力を持つ主人公が入学し、部をたてなおして全国優勝までのしあがる、というのがこういった学校を中心としたスポーツ漫画の定番パターンである。青学は、弱小校というわけではないものの、ここしばらくは今ひとつぱっとしない状態が続いており、このあたりに関しては、おおむね従来のパターンを踏襲しているといえるだろう。

 ただ、このパターンにより当てはまるのが、主人公のリョーマではなく現部長の手塚であるというあたりが少し面白い。一年生の時は、部の先輩から白眼視されたり慣習から試合に出られなかったりという苦渋をなめるが、その翌年には副部長になり「名門と言われてはいるが、ここ最近は都大会止まりだった」青学を全国大会に出場させた。さらに、自身は全国でも注目される有名選手になった。

 主人公のリョーマはさしたる苦労をしておらず、テニス部は既に改革済み。最初は手塚を主人公にして、途中から主役交代、という方がより王道に近いような気がする。それに、この方が感動も大きいだろう。氷帝戦で、「青学の柱」を継承した時も、手塚のこれまでの出番が少なく柱としての描写があまりなかったがために、感動が薄れてしまっているのはもったいない。

 あと、主人公の性格普通とは違っている。負けず嫌いなところなどはパターン通りだが、口数が少なくどこか冷めている。通常なら、桃城や菊丸あたりが主人公になっているところだ。

 こういうタイプの人間を主人公にすると、その心情を説明する必要などから周囲の人間の重要性が増すため、このように登場人物の多い作品の場合、それほど無謀な試みではないと思う。

 とりあえず、開始時点では、「王道を少しずらしてみた」「王道を別の視点からとらえてみた」というような構造になっていたと思う。

 

<ランキング戦(一回戦&二回戦)>

 そして、レギュラーを決めるために部内で毎月行われるランキング戦。リョーマは、これで電撃的にレギュラー入りを果たした。

 普通、このような場合、「主人公に負けた」「主人公のおかげで自分の存在がかすんだ」などという理由から、主人公と特定キャラの間に一悶着が生じ、紆余曲折を経て主人公と最高の親友兼ライバルになるーというようなことが多いが、この作品にかぎっては、そういうことはなかった。ランキング戦でリョーマに負けた主な人物は乾、海堂、大石の3名だが、3年生二人は流石に年長者の余裕を見せて、敗北を理由にリョーマを敵視するようなことは全くなかったし、一つ上の海堂は、もともと「自分以外全て敵」とでも言いたげな雰囲気を醸し出していたため、試合前と後でそれほど態度が変化することもなかった。

 珍しいことに、主人公のリョーマには、部内のみならず他校にも「ライバル」と言うべき存在はいない。リョーマがこれまでに負けたのは、父親の南次郎と手塚部長だけであり、どちらもリョーマよりも年上。手塚とは、実際にはそれほど離れているわけではないものの、精神的にはかなりの隔たりがあるだろう。これではライバルとは言えない。

 多くの場合、スポーツ漫画において、ライバルは最も重要なものの要素の一つであるとされてきた。「ヒカルの碁」でも、英才教育を受け実力は申し分なかったものの、どこか物足りなさを感じていた塔矢アキラの闘争心に火をつけて急成長させたのは、進藤ヒカルというライバルの存在があったからである。彼の存在がなければ、あの短期間であそこまで強くはなれなかっただろう、とは登場人物の誰もが認めるところである。

 ところがリョーマにライバルはいない。とりあえず、手塚が「父親南次郎以外にも強い相手は大勢いる」ということを示して闘志に火をつけることに成功してはいるが、リョーマにとって特別な相手が出てこないというのは、読者として少々物足りなく感じることもある。

 だが、この先リョーマのライバルが登場する可能性は低い。ライバルとして活躍させるためには、主人公と精神年齢及び実力がほぼ同じであることと、再戦の機会がある(そして、何度戦ってもその試合が面白いものになる)ことが必要だが、関東大会終了までにそれらしきキャラはおらず、「再戦の機会を持てる」という条件を満たすことができないのだ。全国大会終了後も話が続くなら別だが、この作品でそれ以上話をすすめていくのは難しいだろう。

 そのかわりにというべきか、二年生の桃城と海堂はたいそう仲が悪いので有名である。そして、最高のライバルでもある。二人が試合する場面はまだないものの、ダブルスを組んだ時などに、彼らがよきライバルであることを伺わせる描写がちらほら出てくる。

 どうやらこの作品は、通常なら主人公一人が持っている要素を、複数の人間が分担しているようなふしがある。

というのが一例である。

 テニスというものの性質上仕方ないのかもしれないが、各キャラの活躍する機会は少ない。リョーマが入る前のレギュラー8人にリョーマを加えた9人が青学の中心人物だが、実際に試合に出られるのは7人。3戦連勝なら5人。加えて、全ての試合が描写されるわけではない。

 だが、本来主人公が背負うべき役割を他のキャラに分担させることで、このように少ない出番でもそれぞれのキャラをより強く印象づけることができる。もし主人公が本来持つ要素を全てリョーマが持ってしまっていたら、周りのキャラはかすんでしまっていたことだろう。

 通常の「王道」的要素がいくつか欠けているものの、これは、ある意味仕方のないことなのかもしれない。

 

<地区大会決勝戦(VS不動峰)>

 要注意だった学校が、無名校にあっさり倒された。それが、不動峰。

 この要注意校―柿ノ木中は、おそらく昨年まで青学と首位争いをしていた学校だろう。当時の描写があれば、現在の青学メンバーがどれほど充実しているかがよくわかると思うのだが、早く決勝に入るべきとの判断か、それはなかった。それでも、不動峰の登場インパクトはそれなりにあったと思う。

 こうした番狂わせは、何事にもつきものだが、今回はそれがやや唐突だったように思う。通常、こうした無名校との対戦は、ある程度の試合を連戦連勝で勝ち進み、それなりに名のある学校も倒して自信と油断が出て来はじめた頃に組まれることが多い。だが、今回、リョーマと桃城がダブルスなどをやって苦戦した以外にそれまでの試合描写は殆ど無く、「今年の青学は強い」と実感できる場があまりなかった。これは残念なところである。

 ただ、この対不動峰戦は実質的に青学の各々の試合が初めてきちんと描かれたところであり、その点からすると、試合自体は決して悪いものではなかった。

 まず、最初は不二・河村のダブルス2。相手の超強力な打球を受けて怪我をしたため、意外にも棄権という形で幕を閉じた。相手の強さを印象づける意味でも、最初の試合で負けるというのは大きな意味がある。また、ここで天才不二の全貌を早々に明かしてしまっては面白くない。その片鱗をみせる、というあたりで留めておくのがふさわしいため、完全燃焼しないまま試合を終わらせる、というのは良策だった。そのうえ、このことで、かえって仲間への信頼や不二・河村の性格がピックアップされた。いい試合だったと思う。

 ダブルス1は大石・菊丸の黄金ペアで、あっさりとカタがついたが、相手がどれぐらい強いのかがよくわからないため、「黄金ペアは強い」というより「相手が弱かっただけ」という見方もできてしまうところが残念である。

 続いてのシングルス3は、海堂VS神尾。数ある試合の中でも、名勝負に数えられる試合である。かつてランキング戦でリョーマに負けた海堂が、その後実は凄まじい努力をしており、その努力と、最後の最後まであきらめないねばり強さから勝利をつかむ。まさしくスポーツ漫画の王道である。

 そして、リョーマVS伊武のシングルス2。ここでリョーマは同タイプの技を使う相手に、負傷しつつも善戦し、勝利する。これによって青学の地区大会優勝が決定。重要な試合を主人公が制する、というのも王道である。ただ、負傷のため時間制限付き、という展開になったのだから、そこらへんをもう少し緊迫感溢れるようにすれば、もっと面白いものになっていただろうと思う。

 なにはともあれ、不動峰との試合は3−1で青学が勝利した。このように、序盤に強力な学校と対戦した場合、最初は負けるが後に再び対戦して勝つ、というパターンも多い。が、ここではそうはならず、ある程度強い相手とぶつかったことで、初めて青学の強さが実感できた試合となった。

 そのためか、不動峰は、今後対戦する学校の強さを計る目安となってしまったようなきらいがあるが、そういう学校も一つぐらいは必要だろう。

 怪我人が二人も出たものの、個々の試合は王道パターンを踏襲したものが多かったように思う。ただ、実際の描写では全体的に軽く流されてしまっているような印象もままあった。その点ではやや残念だが、王道パターンを踏襲し、部長対決という今後の楽しみも残したこの試合はまずまずいい試合だったといえるだろう。

 

<都大会(VS聖ルドルフ)>

 聖ルドルフは新設校だが、都大会開始前後から裏で観月が暗躍していたことと、不二の弟・裕太の存在から、試合前から注目度の高い戦いとなった。

 まず、ダブルス2の桃城・海堂。海堂はどう見てもダブルス向きではなさそうだし、桃城もリョーマとのダブルスとも言えないダブルスを披露してダブルスの適性なしと印象づけられている。加えて、二人は大変仲が悪い。そんな前提から、なかなか意外な組み合わせだったが、試合の中、二人が一年の時からのライバルであったことが描かれ、互いの考え・動きが手に取るようにわかるため、これまた意外にもなかなかいいコンビとなることがわかった。と同時に、地区予選での「ダブルスとも呼べないダブルス」の責任はリョーマに負うところが大きいということもはっきりした。

 とにかく、意外にもいい試合となった…のが、ここで問題になるのは勝敗の行方。いいコンビが組めているとはいっても、それはあくまでも「予想よりは」の話。これで生粋のダブルスペアに勝利できてしまうというのは、少しおかしい気がする。事実、二人は試合中でも諍いが絶えず、得点上も相手の方が有利だった。

 敗北させても問題はなかったとは思うが、その場合、「お前のせいだ」とケンカになることは必至。また、通常なら敗北した場合、「これからはダブルスで!」「友情はかけがえのないものだ」「自分はまだまだ未熟。さらに精進しよう」などの、その試合で「何か得たもの」があるものだが、今回は「二人はそれなりにダブルスも組める」ということがわかっただけだったため、ここで敗北させてしまうと、場合によっては後味の悪さや物足りなさが残ってしまう可能性があった。

 しかし、こちらが丁度勢いづいてきたところで相手にケガをさせてしまっての棄権勝ち、ということならそれなりの爽快感はあるし、勝利の説明もつく。ケガをさせた、という点もギャグのように描かれていたためそれほど気にならない。もっとも、やや拍子抜けの感はあるし、何より相手ペアには非常に気の毒なことではあるが……。

 続いて黄金ペア。不動峰との試合で圧倒的な力を見せつけ、今回も余裕で勝利―と思われたが、赤澤のブレ球により苦戦を強いられる。しかし、このことにより、不動峰戦ではあっさりカタがついてしまって描かれることのなかった黄金ペアの絆を、十分に読者に知らしめることとなった。

 互いを信じ、最後まであきらめず、もう終わりだと思ったところで奇跡の復活、逆転―との王道を突き進むが、今一歩のところでついに体力も底がつき、敗れる。今回の試合は、演出上敵討ちのシングルス2(主人公の試合なしというわけにはいかないので、敵討ちをシングルス2に持ってくることはできない)で終わらせる必要があるため、ダブルス2が勝ってしまった時点で黄金ペアの敗北は決まっていたようなものだが、相手ペアの成長も描かれ、どちらが勝ってもおかしくない雰囲気になっていたため、敗北も納得である。

 続いて、シングルス3。リョーマと、不二の弟裕太との対戦である。

 以前はひたすら父南次郎にこだわっていたリョーマ。

 現在もなお兄へのコンプレックスを持ち続け、強いこだわりを見せる裕太。

 この組み合わせは一見なかなか興味深い。手塚との試合によって南次郎へのこだわりを捨て、視野を広げたリョーマが、今度は裕太と試合をし、彼の視野を広げさせる。

 だが、リョーマの南次郎へのこだわりと、裕太の兄へのこだわりは違う。ちょっと試合をしただけで、このこだわりがいとも簡単に払拭されるのはやや不自然に思える。

 「主人公と戦うことで、それまでのこだわりを捨て、視野を広げる」というのはこれまた王道パターンではあるが、このような場合、主人公が自他に厳しい人格者か、天真爛漫で作中人物の誰もを惹きつける魅力的な人物である必要がある(後者の場合が多いが)。リョーマはそのどちらにも当てはまらないため、ぱっと見た形は王道パターンを踏襲しているのだが、どうにもすっきりしない感じが残る。

 そして、シングルス2。どの作品でも敵討ちとなると特別に燃えるものがあるが、この作品でもそれは例に漏れず、なかなか念の入ったことをしている。不二は、わざと5−0の状態を作りだし、そこから先は1ポイントも与えず一気に大逆転。自己の優越を信じて得意満面だった観月にこれ以上ないくらいの精神的ダメージを与えた。

 また、これは、初めて不二のシングルスの試合が描かれた試合でもある。具体的な描写は少なかったものの、必殺技を使わなくても強いということと、誰にもそのデータを取らせないことからそのミステリアスな部分(と天才性)が強調された(データを取らせないことと天才だということにどういう関係があるのか不明だが…)。

 ところでこの試合、5−0という状況を作りだした時に、不二が「危険と知っていてあのショットを裕太に教えたのか」と観月に聞くのだが…ここでもし観月が「知らなかった」と言ったらどうするつもりだったのだろうか。負けるわけにはいかないから、結局は同じ経過を辿らざるを得ないのだろうが、そうなると観月が少し気の毒である。恐らく「観月は知っていたに違いない」との確信があったのだろうが、どうせ聞くなら試合前に聞いておくべきではなかったろうか。たぶん、演出上の問題なのだろうけれど。

 それはさておき、聖ルドルフ戦は不動峰戦と同じく3−1で勝利した。

 さて、こういったスポーツ漫画の場合、試合は

 の二つのパターンに大きくわかれるが、今回、ダブルス2が前者、ダブルス1が後者となっている。また、「敵キャラが主人公との戦いで何かを得る」シングルス3、「定番の敵討ち」のシングルス2と、王道パターンが並ぶ。一部、描写が不十分に思える箇所もあったが、そういった細かな点をのぞけば、基本的には全て王道の型を踏襲している。やや王道に追いついていない感もあるものの、まずまずの試合だったと言えるだろう。

 

<都大会決勝戦(VS山吹)>

 いろいろあったが、ようやく都大会決勝戦。これまでと違って、ダブルスの強いチームという、青学とは正反対のパターン。また、大会前に、リョーマが阿久津に暴力的な宣戦布告(?)を受けており、都大会決勝ということを抜きにしても、気になる試合である。

 だが、ダブルス2で、不二・河村ペアがいきなり敗北。試合経過を描かずにいきなり結果のみを提示する、というのは衝撃を与える上でなかなか効果的な演出だが、このような場合、後から試合の様子を簡単に解説(回想)するのが普通である。「何を書くかだけでなく、何を書かないかも重要」と、某小説のキャラが言っていたが、描いてほしい場合もあるのだ。ことに、このように強いとされているキャラが負けたりするような場合には(その逆もだが)。一応、竜崎先生がごく簡単な解説をしてはいるが、これでは不十分である。

 続いてのダブルス1では、黄金ペアが前回の雪辱を果たして勝利、「黄金ペア」の面目躍如である。前回の失敗から学習、成長するという王道的展開で、こういった展開は否が応でも盛り上がるものだ。

 そしてシングルス3は、桃城VS千石。千石は、昨年ジュニア選抜に選ばれた要注意人物。昨年の試合では手塚が直々に手を下した。そして、試合の中、それだけの強さを持っているということが存分に描かれるのだが……どういうわけか、桃城が勝ってしまう。

 どう見たところで、千石に比べれば桃城は圧倒的に力不足であり、そのうえ試合中に片足が痙攣している。これで勝てるはずがない。この状況で勝利するというなら、余程の理由が必要だが、それらしき描写はなく、桃城が勝ったのは、まさしく「主人公(側)の人間だから」としか言いようがないのである。

 それでなくとも、実力が上だと思われる相手に勝つ場合には、それなりの理由が要求される。知恵で勝つ、相手が自滅する、潜在能力開眼、第三者の介入……といったものが一般的だが、中には「主人公(側の人間)だから」という以外に説明のつけようのないものが存在する。そしてこれは、勝利の理由としては、おそらく最低の部類に属するものである。このような手法をとれば、その理不尽さに作品の質は下がり、場合によってはそのキャラへの反感が募る。

 「根性で逆転勝利」というのはなかなか熱くなれる展開ではあるが、それにも限度というものがある。加えて、これはスポーツ漫画であるから、相手も同じぐらいの熱意で挑んできているものと思われる。ある程度以上の実力差のある相手との試合において、「根性で逆転勝利」というのは使うべきではないのである。そのため、この試合は禁じ手を使ってしまった試合として、いい評価はできない。

 最後のシングルス2では、リョーマVS阿久津。両者ともたいそう好戦的な性格のため、非常に暴力的な試合となった。特にリョーマは、以前に石をぶつけられた恨みがあるのか、意図的に相手の顔面に打球をぶつけるなど、主人公にあるまじき振る舞いをしている。相手も似たようなことをしているため、それが「許せない行為」として読者に映るわけではないが、通常は「相手がいかに汚い手を使ってきても、主人公は正々堂々と戦い勝利する」というパターンを貫くことが多いため、これはなかなか特異な例であると言えよう。

 また、これは、「天性の運動神経VS技術」の試合でもあった。この構図だけならさして珍しいものではないのだが、普通は、主人公の技術が未熟なことが多いため、主人公が天性の運動神経を持つ存在として描かれ、技術に長けた相手に勝利する場合が多い。ところが今回は、主人公のリョーマが、技術に関して最初から申し分ないため、この通常のパターンと反対の構図になっている。

 これらは全て、主人公の性格によるものと見ることができるだろう。見ようによっては、リョーマが大悪魔として成長していく第一歩が描かれた試合ともとれる。主人公の性格が王道から外れていると、それに伴って試合の様子も王道から少し外れるようである。

 こうして、山吹中との試合は、3−1で青学の勝利となった。

 どうも、ダブルス1を除いては、全体的に不満の残る試合が多かったような気がする。中でも問題なのは、禁じ手を使用したシングルス3である。なぜこんな手を使用してしまったのか。

 「ダブルスが強い学校」という設定上、青学側は、必ずダブルスのうち片方は負ける必要があった。そして、やはり優勝を飾る試合は主人公が、ということでシングルス2はリョーマ、だからシングルス3でリョーマ以外の誰かが勝利しなければならない、というのはわかる。だがそれなら、桃城ではなく手塚が戦うか、相手を千石ではなくもっと弱いキャラにすべきであったと思う。なまじ千石の強さがきちんと描かれているだけに、桃城の勝利がひどく不自然なものに思えるのだ。

 そんなことが重なって、決勝にしては、いやに印象の薄い、不満の残る試合になってしまったように思う。

 

<関東大会一回戦(VS氷帝)>

 1回戦でいきなり強豪・氷帝と戦うことに。負ければ、全国大会には出られないーということで、否が応でも必至にならざるを得ない。こういう状況なので、青学の勝利は疑いようもなく、気になるのは個々の試合―ということにある。

 ダブルス2は、大石・菊丸の黄金ペアーのはずだったが、大石が会場に来る途中で怪我をしたため、当時レギュラー落ちしていた桃城が、急遽代理を務めることに。本来なら、補欠のレギュラーがこれに当たるはずだが、今回の補欠はダブルスのできないリョーマだったため、桃城の登場となった。レギュラー落ちして一時イジケていた桃城の成長を示すという意味もあっただろう。

 ちなみに、桃城は、以前に跡部&樺地(実際には樺地一人)と試合をして一目おかせることに成功していたが、今回、そのどちらとも試合をすることなく終わった。その場に居合わせたリョーマも同様である。一応、今回戦う忍足とも会話を交わしてはいるが、跡部や樺地に比べるとその印象は薄い。この伏線を無視する組み合わせとなったのにはやや拍子抜けしたが、樺地と試合したところで、無口な樺地がその時のことと関連して何らかのコメント(強くなったな、とか流石だな、とか)をしたりする、といったことは期待できなかっただろうから、これでよかったのだろう。

 本来ならダブルス1になるはずであろう黄金ペアが、ダブルス2に予定されていたが、これはおそらく確実にここで一勝を得るためだろう。しかし、相手がダブルス2だとしても、本来の黄金ペアではなく、大石のかわりに桃城を入れた即席ペアが勝利してしまう、というのはやや納得しかねる。

 この試合、相手の前衛が菊丸と同タイプ、かつ菊丸よりも上手の選手で、大石がいないことと相まって、菊丸の精神状態はかなり不安定になっていた。しかし、途中で菊丸は、先輩としての自覚に目覚め、相手をフォローすることを覚え、桃城もこれまでと違って相手への気配りを見せ、なんとか菊丸を励まそうとしていた。さらに、そこに大石が現われ、実は3人でダブルスをしていた、という「ちょっといい話」ではあるのだが…それは、勝利の理由にはならない。

 相手は「ダブルス専門」で、強豪・氷帝の200人近い部員の中から選ばれた精鋭、試合の中で二人が成長したのは確かだが、それは相手が既に持っていたものであり、それでは勝利の理由とするに足りないのだ。

 また、ここで勝たせてしまったことで、黄金ペアの黄金ペアたる所以…といったものが薄れてしまったようにも思う。黄金ペアでも勝てるかどうかわからないのにこうして勝ってしまったのでは、菊丸&桃城ペアの方が黄金ペアよりも強いのではないかという疑惑を生むことになり、黄金ペアの、ひいては大石の存在意義が危うくなる。

 あと、桃城は、大石からいろいろとアドバイスを受け、腕にそのことをびっしりと書き留めていたようだが、桃城が大石のもとに駆けつけた時には、試合開始までかなり時刻が差し迫っており、説明を受けたりそんなものを書いたり…などということをしている時間はどう考えてもなかったはず……。こういった、小さな謎もある。

 何より問題なのは、「氷帝戦の疑惑」で考察したように、ここで二人が勝利してしまったがために番狂わせが生じたのではないかということだ。ここは、二人の成長を描くにとどめ、無理に勝たせる必要はなかったと思う。

 ダブルス1は、乾・海堂。どちらも、どう見ても生粋のシングルスプレイヤーだが、乾は、海堂の特訓メニューを作るなどしていたためか、海堂も乾の指示にはよく従い、意外ながらこのペアはうまくいっているようだった。

 相手も、鳳はともかく宍戸はシングルスプレイヤー…にもかかわらず、特訓に付き合ったということで信頼が生まれ、最高のダブルスペアとなっている。

 さらに、どちらも並はずれた努力家。能力的にも心情的にも、どちらが勝ってもおかしくないという試合である。結果は相手の勝利だったが、大変いい試合だった。負け方も、乾自身が審判のミスを申告するという、潔いもので、久しぶりに清々しい試合だった。

 シングルス3は、河村VS樺地。パワーだけなら互角だが、その他の点では、どうも河村が不利。だが、波動球を会得していた河村が、樺地の「試合相手の技をコピーする」という性質を利用して樺地に波動球を連発させるという心中作戦をとり、両者、怪我で試合続行不能ということで無効試合となった。勝利のためにすべてを犠牲にする、という王道的展開、さらに「怪我」という要素が加わる事で、否が応でも盛り上がる。この盛り上がりを保ったまま、氷帝戦は最後まで描かれることになるので、この氷帝戦は特に印象の強いものになっていると思う。それにしても、河村は出るたびにケガをしているような気がする…。

 続いてのシングルス2は、不二VSジロー。不二の弟、裕太がジローに倒されており、さらに河村のラケットを引き継いでの試合…ということで、不二の心に火をつける理由は十分、トリプルカウンターの最後の一つ、「白鯨」を出し、氷帝戦において唯一、6−1という余裕の勝利を決めた。しかし、相手が憎めない性格だったこともあるのか、これでも不二はまだ本気は出しておらず、その実力は相変わらず未知数……となっている。少々呆気ない気もするが、河村VS樺地の熱さを持続させるためには、この試合は早く終わった方がいいのだろう。二人の性格を考えると、試合が長引けばすっかり和やかな雰囲気になってしまい、河村VS樺地の熱さが完全に冷め、また手塚VS跡部に気持ちを切り替えるのに時間がかかってしまう可能性がある。

 この試合は、河村VS樺地で熱くなっているところを少し冷やして中和させ、手塚VS跡部に意識を向けさせるための前段階、という役割を持った試合であったと思う。

 そして、ついにシングルス1の手塚VS跡部。前評判ではお互いの実力はほぼ互角、ようやく手塚の本気の試合が見られるとあって、今回最も注目度の高い試合である。

 跡部は、この試合までもちょくちょく顔を出してはいたが、あまりいい印象を持たれない登場の仕方であった。ところがこの試合で、入場シーンから尋常でないパフォーマンスを披露して、一気にそれまでの負のイメージを払拭し、跡部というキャラを強烈に印象づけた。試合前から、「何やらスゴい人物」であることを印象づけるというパターンである。

 この試合では、あまり派手な技は使用されず(使うのは、地味だが強力な技)、その分、二人の情熱が存分に描かれている。特に手塚は、自分の利き腕を犠牲にしての、まさしく「全てを賭けた」戦い。「全てを賭ける」という点では河村VS樺地戦も同じだが、河村と違って手塚はこの先もテニスを続けていくつもりで、テニスというものの重要度は手塚において、より大きいものだと思われる。さらに、手塚は中学テニス界でもトップクラスに立つ男と言われており、部内では絶対的存在、その手塚が利き腕を痛めていく様子(特に、試合途中にその場にうずくまる場面や最後に零式ドロップを失敗し7−5で敗れる場面など)は「巨星、落つる」といった感じで、強い印象を読者に刻みつける。まさしく、強く輝く流星のような試合であった。しかし、強すぎる炎は早く燃え尽き、「青学の柱」をリョーマに継承する……。

 ただ、普通、こういう「世代交代」とも言うべきものは、もう少しその活躍を描かれてから行われるものではないだろうか。手塚は出番が非常に少なく、この試合で初めてきちんとその活躍が描かれたといっても過言ではない。最初の活躍でいきなり世代交代というのは、あまりに早すぎるような気がする。これまでに手塚の活躍をもっと描いておけば、この試合はさらに感慨深いものになっただろう。それでもこの試合が最も感動的な名試合ということに変わりはないが、一度の大舞台で休眠状態に入ってしまった手塚が惜しまれるのである。

 で、その後、これまでの5戦で決着がつかなかったため、補欠同士による試合が行われることになった。それがリョーマVS日吉。青学の柱を継承したリョーマだが、「苦戦しつつも『青学の柱を継承した』との自覚から必死に立ち向かい勝利する」という王道的展開にはならず、底なしの力を見せつけて楽に勝利する。点数こそ6−4だが、雰囲気としては楽勝の感があった。

 ただ、リョーマに青学の柱を背負っているという気負いはなさそうで、それまでテニスができなかった鬱憤を晴らすかのような大暴れ。柱云々はあまりリョーマには関係のないことのようであり−つまり、従来の主人公と違って想いを託されることで強くなるようなタイプでもなさそうなので、「柱の継承」は通常の場合に比べるとその効果が減じられているように思われ、それが少し残念である。

 かくて、長い関東大会一回戦は終了。3勝2敗1無効試合で青学の勝利である。これまでにない激戦であった。

 全国大会出場がかかっているだけあって、双方必死、それだけに名場面も多い。特に手塚VS跡部は、記憶に残る名試合である。

 ただ、一回戦で強豪とあたり、これだけの激しい戦いを繰り広げることになったため、決勝までのこれ以後の試合が、あまり熱の入らないものになってしまったというのが残念といえば残念な点だろうか。これまで、手塚に出番が回ることなく勝ってきたので手塚がいないことによる痛手があまり感じられなかったというのも大きい。そういう面でも、この試合までに手塚をもっと活躍させておくべきだったと考える。

 

<関東大会(VS六角)>

 千葉代表の六角中。青学とはよく試合をしているため、互いの手のうちを知り尽くしている…との設定だが、同じ都内の山吹や氷帝の時は互いのことをよく知らなかったのに、都外の六角中との親交の方が深い、というのも不思議な話である。おそらく、青学は都の、六角中は県の端の方にあり、「住所では一見遠く感じるが、地図で見ると近い」というパターンなのだろう。

 さて、この六角中との試合、意外にも3戦全勝であっけなく片が付く。これまで、それなりに印象の残る学校が相手の場合、必ず一敗はしていたため、これには少し驚かされた。六角中がこれまでの相手に比べて弱いのではないかと思えなくもないが、これはおそらく青学の方が強くなったのだろう。

 ダブルス2は、桃城・河村ペアという新しい試みが成功。これまでこの組み合わせをしなかったのが不思議なほどうまくいった。……が、実はこの組み合わせ、東京都大会の初日、青学VS鎌田のダブルス2で、既に起用されているのだ(「ファンブック20.5P215参照)。そして、ちゃんと勝利しているというのに、なぜこれまでこの組み合わせが取られてこなかったのだろうか。相手が弱かったためこの組み合わせの利点が伝わらなかったのか、それともその時点ではまだ桃城が未熟でダブルスとして起用していくのに不安があったからだろうか。なにはともあれ、今回強敵に勝利できたことで、この組み合わせも十分に通用することが証明された。

 ダブルス1は菊丸・不二。大石の怪我が未だ治っていないためである。あまりダブルスらしくない試合だったが、これも和やかなムードの中、勝利。相手方の一人は試合終了後に泣いていたが、この漫画ではそういうシーンが少ないので(普通は主人公の役割だが、あのリョーマが、たとえ負けても泣くとは思えない)、なかなか貴重な場面だったかもしれない。

 そしてシングルス3は海堂VS葵。葵は一年生ながら部長、加えてリョーマがシングルス2にいたため、たぶん海堂は負けるだろうと予想されていたが、意外にも勝利した。

 3―0で青学の勝利である。青学がそれだけ強くなっているということが表れた…のだろうが、「以前試合をしたとき」の具体的描写がないため、どれだけ強くなったのかが実感としてやや伝わりにくい。それが残念な点である。

 六角中との試合は、これまでにない和気藹々とした雰囲気で進んだ。氷帝との厳しい戦いを終えた後でもあり、ちょっとした息抜きのような効果があったと思う。

 

 

<関東大会決勝戦(VS立海)>

 ついに関東大会決勝戦……となったが、その前に、重要な試合が行われることになった。リョーマVS切原の野試合である。

 切原は、かなり早くに登場しており、リョーマにもわずかに接触している。さらにリョーマと同じ片足のスプリットステップを使い、非常に好戦的な性格・言動という、リョーマと同タイプの選手である。また、これは手塚と戦うためにだが、左利きの選手を相手にするための練習も積んでいる。そんなわけで、いずれリョーマのライバル的キャラとして登場、対戦するのではないかと思われていた。

 正式な試合前に対戦することになったのが少し意外ではあったが、こうした場合には「敗北の苦渋を舐めるが、それにより奮起し、本番の試合では勝利する」「試合は途中で中断するものの、相手の強さは十分に伝わり、主人公に危機感を抱かせる」というような流れになるのが王道である。だが、こうした王道を少し外すのが、そろそろこの漫画の定番になりつつある。

 切原のスポーツマンシップに反する戦法によりリョーマは絶体絶命のピンチに陥り……普通ならここで中断するかそのまま敗北するかするところだが、ここからリョーマに何かが憑依したらしく、逆転勝利してしまうのだ。これは予想外の出来事であった。

 試合中に予定外に時間が経過し、そのことで切原の目が赤く充血、一気にパワーアップするとともに凶暴化し、リョーマに次々とボールをぶつける。ヒザを狙われ、このままでは試合に出られなくなるかも…という絶体絶命のピンチに追い込まれたリョーマ。しかし、そこでリョーマは何かに覚醒し、英語を喋り始めると共にこちらもパワーアップ、切原以上に凶悪化し、これまでに試合した相手の技を次々と繰り出し、勝利する。ここらあたりは、追い込まれると変化し見境なくなる犬夜叉を連想させる(切原、リョーマ双方ともに)。

 それにしても、この試合は、「本性を現した敵に追いつめられる主人公、そこで眠っていた忌まわしき力が覚醒し、敵以上に見境なく大暴れ、勝利するが、直後に意識を失い目覚めたときは覚醒した時のことを全く覚えていない」という格闘漫画(もしくは正義のヒーローもの)のノリで、もはやスポーツ漫画ではなく格闘漫画の王道を走っている。

 また、この試合は、言葉には出ていないが、初めて真田言うところの「無我の境地」が登場したことでも興味深い。真田の口ぶりからすると、この「無我の境地」は、伝説の戦士たる証というか、王者の条件とも考えられているようなのだ。だから、ここでリョーマが覚醒したことは、重要な伏線である。

 伏線といえば、大方の予想に反し、リョーマと切原は、関東大会では結局再戦することはなく終わる。ここでリョーマと切原を対戦させたのは、早くから対戦が予想されていた二人を、関東大会で試合させることができないのでそのかわり…といった意味もあるのだろう。しかし、本番前の試合で負けた雪辱を大会で晴らす…というのは本来主人公の役割。今回は、この後実際に再戦するわけではないが、もともと敵として出てくるような性格だったリョーマが、その役割もそれに近いものを担いだしているような気がしないでもない。

 そして、青学メンバーだけがそんな不穏な気配を知らずに始まった関東大会。ダブルス2は、久々に桃城・海堂。二人ともダブルスの経験を積み、聖ルドルフ戦の時よりも、遙かに良い試合ができるはず……だったのだが、流石、王者立海の名は伊達ではない。6−1で手も足も出ずに負けてしまう。しかし、現時点での力を考えれば、恐らくこれが妥当。納得のいく結果であり、また立海の強さを最初から強烈に印象づけることにも成功している。

 具体的な試合内容も、「相手の強さに一時絶望しかけるが、パートナーの励ましにより立ち直り、最後まであきらめず戦い抜く」という王道パターンを貫いており、いい試合だったといえるだろう。

 ダブルス1は、ついに復活した黄金ペアの試合。こちらは善戦するものの、やはり王者立海の壁は高く、敗れ去る。この試合は、菊丸が途中怪我をしたり、ようやく攻略できたと思ったレーザービームが偽物だったりと挫けそうな場面も多かったようだが、いかなる苦境にあってもなんとか活路を見出そうとしており、黄金ペア結成の回想などと相まって、黄金ペアの強さというものがよく描かれていたように思う。

 また、ここで使用された戦法・技なども、印象深いものが多かった。「魔球」など、球の動きが尋常でなかったりするのはスポーツ漫画においてよくあることだが、人間の動きまでそうであるのは珍しいかもしれない。

 そして、シングルス3は乾VS柳。実は二人は小学生の時ダブルスペアを組んでおり、世界チャンピオンを目指していたのだが、ある日柳は何も言わずに引っ越してしまったのだとか。そのような因縁があり、さらに二人とも同じタイプの選手。…というわけで、注目の試合となった。

 この試合、最初は乾が不利だったが、試合の中なりふりかまわずデータを捨てて乾が逆転……というパターンに見せかけて、実はそれまでの不利は全て乾の仕組んだことだった、というパターンで乾が勝利した。

 乾よりも、王者立海の中で鬼才(バケモノ)と呼ばれていた柳の方が一見強いように思えるし、乾がレギュラー落ちした時点では、おそらくそうだったのだろう。だが、その後乾は凄まじい努力を重ねた。それでも柳に追いつくのはやや足りないような気がするが、それはデータ収集の対象を柳に絞ることで補ったのだろう。その証拠に、乾は関東大会一回戦で、対戦相手の情報を十分に集めていなかった。柳のデータ収集に専念した結果だろう。

 仲のよいライバル同士の戦い、というのは燃えるものである。そして、勝負がついた後は、結果がどうであれ実に清々しい。

 この戦い、全体的に見れば、王者立海の力を示すものとして、また今後のことも考えて、乾が敗北して青学のストレート負け、という形にした方がよかったのではないかとも思えるが、独立した試合としては乾の勝利でさほど問題はなかったと思う。試合後の爽快感も大きく、いい試合だった。もっとも、乾があれほど演技上手だったとは寡聞にして知らなかったが……。

 続いてのシングルス2は不二VS切原。以前の野試合で切原が勝利していれば盛り上がるところだが、負けてしまっているため、どうも緊張感が薄れてしまう。切原が強いのは確かだが、リョーマはその切原に勝利しているので、(切原があの後成長しているとはいえ)天才不二なら切原に勝って当然、という気分があるし、意表を衝かれて負けるのも納得がいかない。まあ、切原が負け続けるというのも、(千石ほどではないが)気の毒ではあるのだが……。

 が、これは意外にも素晴らしい試合となった。普段本心を表に出さない不二の心情が描かれ、初めて不二が本気で挑んだ試合となったのだ。頭にボールをぶつけられて一時的に視力を失い(手足の捻挫とかならまだしも、これはすぐさま病院に行くべきところだろう。いくら漫画でも、スポーツ漫画でこれは無茶というものだ)、ハンデを背負った上での勝利だっため、これで不二の実力が明らかになったというわけではないが、それでも本気の試合には違いなく、いい試合だったと思う。

 しかし、スポーツ漫画の場合、どちらかというと「勝利にのみ執着していたキャラが、天真爛漫にスポーツを楽しむ主人公と対戦することで、スポーツは楽しむものだということを思い出す」というパターンが多く、このように「勝利に執着することを学ぶ」というパターンは珍しいかも知れない。

 あと、ここで切原が「無我の境地」を会得したことも重要なポイントである。これで、リョーマが覚醒した時のことを思い出したようでもあるし、真田がこの技について何やら知っており、特別な見方をしていることもわかった。「無我の境地」には何か恐るべき秘密がひそんでいるらしいことが明かされたのである。

 そして、ついに試合はシングルス1までもつれこむ。リョーマVS真田。この組み合わせが来るとは思っていなかったが、こうなったからには、リョーマが公式戦で初の敗北を喫することになるだろうと思っていた。ところが、どういうわけか、リョーマが勝ってしまう。

 これは、どう考えてもおかしい。真田は手塚と互角の力を持つとされる男、そして、手塚とリョーマでは、その実力に天と地ほどの開きがあり、以前二人が試合したとき、リョーマは手塚に手も足も出なかったのだ。あれからリョーマもかなり成長したとはいえ、そして真田に力を出し惜しみしているような所があったとはいえ、リョーマが勝利するというのはやはりおかしい。第一、リョーマは「無我の境地」の副作用で、試合開始から間もない時点で体力を極度に消耗していたではないか。体力切れは、負けん気だけで補いきれるものではない。多少ならともかく、試合は長いのだ。

 それに、ここでリョーマを勝利させてしまうと、今後の展開にも差し支える。立海は二年連続全国大会優勝しており、その真田に勝利してしまった今、さらにリョーマの相手となるのは(青学メンバーを別にすれば)、現在入院中の立海部長、幸村だけになってしまう(そうなると、本当に手塚の出番はない……)。真田の言う「他の無我の境地の使い手」がこの先立ち塞がることになるのだろうが、それも、常勝の真田より強いとは思えない。まあ、ひょっとすると、無我の境地をマスターした切原が最後の敵として立ちはだかる可能性もあるが……。それにしても、全国大会決勝までがどうも味気ないものになってしまうだろうことは否めない。

 また、「敗北をばねに成長する」という描写が全くないのはこちらとしても少し淋しいし、公式戦で一度も負けないのでは、手塚の「全国には強い奴がたくさんいる」という言葉も「強いといってもこの程度か」ととられてしまうおそれがある。同じ部内の手塚に負けるより、よその学校の試合で負けた方が衝撃も大きく、闘志に火をつけられると思うのだが。何より、手塚以外の人間が真田に勝利し、手塚が居ないのに青学が当たり前のように勝利した、ということで、もとからそれほど描写されていなかった手塚の存在意義というものが、殆どなくなってしまったように思う。たびたび顔を出しているところを見ると、このまま完全に消えてしまうわけではないようだが、リョーマのやられ役として戻ってくるのだけは勘弁して欲しいものである。

 しかし何はともあれ、こうして関東大会決勝戦は、3−2で青学が勝利した。

 さすが関東大会決勝戦、2年連続全国大会優勝の王者立海が相手とあって、名場面、名試合が多かった。

 回想シーンが多いのも特徴で、殆どの試合で回想とからめて闘志をかき立てる、という手法が取り入れられている。印象深い、素晴らしい試合が多かった。リョーマが勝ったことには首を傾げざるを得ないが……。

 

 全体的な流れを見ると、後ほど名場面が多いが問題点も多い、といった感じだ。王道との対比では、最初に王道を少し外した設定をしており、最初はそれがあまり目立たないのだが、話が進むに従って、その設定のずれから王道との違いも大きくなり、驚かされる場面がしばしば出てくるようになった。最初の設定がずれると、自然と進行方向にも影響が出てくるのだろう。

 決勝戦で、王者立海に勝ってしまったことで、この先どうなるのか非常に気になる所であるが、予想がよい方向に裏切られてくれることを願いたい。

 

 

 

☆おまけコラム〜流血の歴史〜☆

 

 「テニスの王子様」に出てくるキャラは、非常によくケガをする。この作品が一応スポーツ漫画であることを考えれば、驚異的な発生率だ。これまでどれだけの怪我人が出たのかを、ここで少し整理してみよう。

 なお、名前の下の数字は、左が試合中に負った怪我の回数、右がランキング戦を除く公式戦の出場回数となっている。

 

名前

試合中

試合外

手塚国光

<1/2>

1回

VS跡部(肩)

1回

【2年前、部の先輩にラケットで殴られる(肘)

不二周助

<1/10>

1回

VS切原(頭(目))

乾貞治

<0/3>

大石秀一郎

<0/8>

1回

【試合に向かう途中、妊婦さんを助ける(手首)

菊丸英二

<1/11>

1回

VS立海(脳震盪)

河村隆

<2/8>

2回

VS不動峰(手首)

VS樺地(腕)

桃城武

<2/8>

2回

VS千石(片足痙攣)

VS立海(膝)

1回

【登場時・自転車で転ぶ(片足捻挫)

海堂薫

<1/8>

1回

VS(額)

越前リョーマ

<2/9>

2回

VS伊武(瞼)

VS切原(膝)

1回

【阿久津に石をぶつけられる<全身>

合計(青学)

10回

4回

橘(不動峰)

1回VS立海】

VS切原<全身>

樺地(氷帝)

1回VS青学】

(河村との波動球合戦<腕>

柳沢(聖ルドルフ)

1回VS青学】

(桃城のダンクスマッシュ<顔>

合計(全)

3回

0回

 

 

 関東大会までで、青学メンバーは、なんと、試合中だけで10回も負傷している。試合以外のものを含めると14回。ちょっと多すぎるような……呪われてでもいるのだろうか。

 また、一度怪我をした人間は、微妙に部位は違えども、同じ(ような)場所を怪我する傾向がある。手塚は腕(肩)、河村も腕、桃城は足といったふうに。リョーマは例外のようだが。

 あと、もっとも怪我の確率が高かったのは手塚。2回しか試合がなかったためである。この試合回数は、青学メンバーの中で最も少ない。関東大会に入るまでレギュラー落ちしていた乾よりも少ないのである。これはあまりに手塚が気の毒。

 ちなみに、最も試合回数が多いのは菊丸。貴重なダブルス要員であり、大石と違って怪我をすることもなかったので、ひっぱりだこだったようである。ダブルス、シングルスの両方ともできる不二も菊丸に次いで試合回数が多い。より多く試合をしたいなら、ダブルスもできる必要があるようだ。

 青学メンバーは、試合中か否かを問わず、一人を除いて皆一度は怪我をしている。怪我をしていないのは乾だけ。このまま無傷でいられるのか、それともこれまでのツケを一気に支払うような大けがをするのか……気になるところである。

 それにしても、今大会では本当に怪我によるトラブルが多かった。

 地区予選ではVS不動峰戦ダブルス2で、不二・河村が怪我による棄権負け。都大会ではVS聖ルドルフ戦ダブルス2で桃城・海堂が相手の負傷により棄権勝ち。関東大会ではVS氷帝戦シングルス3で河村、樺地両名が怪我で棄権しノーゲーム。各大会で、一度は怪我による棄権が発生している。この調子でいけば、全国大会でも怪我人が続出し、棄権負けや棄権勝ちが出てくることだろう。……この先もいろいろ大変なことになりそうだが、登場人物の皆さんには死なない程度に頑張ってもらいたい。

 


 

 キリ番1500を取得して下さった、鳳璃雛十七世魔王様に捧げます。

 リクエストは「(関東大会終了後)テニスの王子様についての語り」ということでしたが、関東大会決勝戦が予想以上に長引き、リクエストを頂いてから一年近く経過してしまいました。もう忘れてしまっているかも知れませんが、お受け取り頂ければ幸いです。

 リクエストして下さって、ありがとうございました。

 

 

 

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