気になる塔矢親子
北斗杯編に入ってから、その隠れたテーマは「親子」ではないかと考えたことがあった。
きっかけは社と塔矢である。なんとか自分の選んだ道を親に認めてもらいたいと思う社、それを見て自分の親への態度をちょっぴり反省するヒカル。そして、急に「ちょっとお父さんから離れたくなった」と家から離れることを検討する塔矢。結局、父親の塔矢名人の方が家を出るようになったので、それは保留となったわけだが、いきなりだったので、これにはやや驚かされた
結局、北斗杯編が予想外に早く終わったため、この問題に関しては十分に取り上げられないままになってしまった。
それでも社に関しては、「棋士の道に反対するのも、わが子の幸福を願えばこそ」という父親の描写があり、社本人にはそれがまだ伝わっていないものの、そのうちうまくいくだろうと、なんとなく思うことができる。
問題は塔矢である。なぜ塔矢は、突然「お父さんと離れたい」などと言い出したのだろうか?「そういう時期がある」というような描写もあるにはあったし、そういうことも、別に不思議ではないのかもしれないのだが……これは少々唐突で、戸惑ってしまった。
塔矢は幼い頃からたいそう父親を尊敬し慕ってきたようである。塔矢にとって父親はずっと、目指すべき目標であり、とても大きな存在だった。名人とは毎朝必ず一局打ち、それは塔矢名人が入院している時もネット碁で続けられた。
また、塔矢名人の方も、息子のことをたいそう高く評価しており、控え目に自慢(?)しているような場面を度々見かけた。そして、アキラに黒星を与えた座間王座との対局では、特に気合いが入っているように見えた。
それがなぜ、こうなったのか……「そういう時期」にしても、いささか急すぎやしないか。
現在、名人は、ヒカルをライバルとする息子の気持ちを誰よりも理解しているように見える一方、北斗杯終了後も息子に一言も声をかけずに、「すごい才能を持つ少年が現れた」という台湾へ早々に向かおうとしたりなどしている。
何を考えているのか……。
saiと対局して後、塔矢名人は様々な面で変わった。ただひたすらに彼との再戦を望み、何十年も若返ったような感じで、以前にも増して碁に打ち込むようになった。
塔矢名人は、なんといっても、あの塔矢アキラの父親である。息子と同じく、
saiを追うあまり、他のことが一切見えなくなっているということは、ありはしないだろうか。息子のことすら、二の次になってしまうほどに……。それとも、アキラが自分を避け始めたのをなんとなく察して、すこし距離を取ろうと考えているのだろうか?
高永夏にさりげなくアキラのことを自慢(?)していたり、北斗杯で、アキラの心中をただ一人正確に洞察していたことなどを考えると、どうも後者ではないかという気がするのだが……。
一方の塔矢アキラはどうなのだろう?なんだか唐突に、父親を疎ましく思うようになった、その原因はなんなのだろう?きっかけを考えるなら、「
sai vs toya koyo」の辺りではないかと思うのだが……もちろん、特にきっかけもなくなんとなく、という可能性もある。とりあえず、その原因について、次のような可能性を考えてみた。
「1」はわりとありがちなパターンである。何かにつけ父親と比較され、どんなに頑張っても「自分」を認めてもらえないーそういう設定は、度々見かける。しかし塔矢は、ヒカル・
saiを追いかけるのに必死で、文字通りなりふりかまわず、他人からどう見られようが、全く頓着しない様子。だから、それで父親に反発するということは、ちょっと考えにくい。「2」については……まあ、そういうこともあるのではないかと。
「3」は……ちょっとミもフタもないので、とりあえず保留。
「4」は……「ダイの大冒険」のバーンが言った、
「…一度敗れた相手をレベルで上回る気分はどうだ…と聞いているのだよ」
「これが本当にあいつかと思ってしまい、にわかには自分の成長度がつかめんだろう?」
というような気分に近いものを味わっているのではあるまいか。塔矢の場合は、このダイの場合と違って、まだ名人の方がアキラよりも強いと思われるが、ずっと遠い目標だと思っていたものが、いざ射程内に入ってくると、これと同種の戸惑いを感じるのではなかろうか。それが「父親への反発」という形になって表れるのか、という部分になると、ちょっと苦しい面もあるのだが。
「5」は、絶対視していた父親のイメージが、この敗北で崩れたのではないか、ということである。かねてより「
sai」を気に懸けていたことでもあり、これで完全に、塔矢が追いかける対象は、「ヒカル=sai?」に絞られたのではないか。もはや父親のことも既に眼中になく、他のトップ棋士達と同じく、「これから自分に倒される相手」という程度の認識しか持たなくなったのではないか。もっとも、あの勝負は僅差であり、別にsaiの方が圧倒的に強かった、というわけでもないので、それで塔矢がこのような感情を抱くようになるか、というと、かなり苦しいものがあるが。「6」と「7」は、きっかけの違いはあれど、中身としては似たようなものであり、「2」にも通じるところがある。塔矢が父親に対しなんとなく距離を取るような素振りをみせはじめるのもこの頃からで、時期的にみれば、このどちらかがきっかけとなっている可能性は高いと思う。
こうしてみると、可能性が高いのは「2」「6」「7」ではないかと思われる。どうも、原因は塔矢名人の説明不足、という気がしないでもないのだが……これもそのうち、なんとかなるのだろうか。社親子のように、はっきりとした形で示されることがないまま終了してしまったため、どうも先の展望が見えにくい。
そういえば、今でもあの「毎朝の一局」は続けられているのだろうか。塔矢はもう、名人を相手に互戦で打てるようになったのだろうか。そういった点も含め、気になるところである。
2003.9.27