デスノート映画予想
このたび、デスノートの映画化が決定した。しかも、6月と10月の2回に分けて公開されるという。一体どんな話になるのか。ここでは、私の想像のあれこれを書いてみたいと思う。
<パターン1>
映画第二部が公開される頃には、原作の第二部も終わっているだろうし、対決相手だけを忠実に、他の内容を色々と変更すれば、時間的にも可能…かもしれない。
<パターン2>
パターン1よりも、原作に忠実に。ただし、区切りをつけるため、第一部は月が大学生になり、月・
Lの二人が初めて出会うところまで。第二部は、ミサ登場から。ヨツバ編を省略したり、
Lの殺害方法が変わったりといった変更はあれど、大筋は原作通り。
もともとデスノートの雰囲気は映画的だし、第二部以降は色々と派手なので、別の意味でも映画に向いている。だから、原作に忠実に…というのも、それはそれで面白いとは思うのだが、原作を知っているこちらとしては、忠実すぎるというのも今ひとつ物足りない。
デスノートの根幹の部分さえ維持していれば、大幅な内容変更は、むしろあった方が面白くなるのではないかと思う。例えば、以下のように。
<パターン3>
第一部は月の勝利で幕を閉じるが、第二部はそのパラレルワールド。
まず第一部の中盤ぐらいまでのあらすじを紹介し、そこから開始。しかし、どこかで歯車が狂って、
<パターン4>
第一部はほぼ原作通り。ただし、勝利するのは月でも
Lでもどちらでも構わない。第二部はパラレルワールドで、Lが最初にノートを拾ってキラになる、という設定。それを追う月。
つまり、パターン3も4も、デスノートの魔力というものを色濃く描き出すのだ。誰でもキラになる可能性、というものを。特に、月と
Lは似ているので、立場を逆に仮定してみるのは面白いと思う。
<パターン5>
第一部はほぼ原作通りで、月の勝利で幕を閉じる。
第二部は、第一部からかなり時が経ち、完全にキラの支配する新世界。月は寿命で死亡するが、死の直前、後継者に魅上照を選び、デスノートを託す。しかし魅上は次第に暴走を始め、世界は恐怖に支配される。そして、魅上はキラを否定する者達の地下組織によって倒され、世界はキラの手を借りて築かれるべきではない、という結論のもと、ノートは燃やされ物語は幕を閉じる。
主人公は月のまま暴走していく、というのでもいいと思う。
<パターン6>
第二部は、完全にキラが支配する新世界。そこで生きる一市民が主人公。
キラにより、犯罪は激減した平和な世界。しかし、どこか窮屈な世界。そんな「新世界」の描写の後、主人公の友人が冤罪でキラに殺害される。それをきっかけにキラの存在に疑問を持った主人公は、ついにキラを排除する決意を固めるが……という内容。
パターン5と6の違いは、キラが暴走するか否かだが、こうしてキラの新世界を描写することは、キラの是非について考える材料になると思う。
映画では、こうしたパラレルワールドを築いてほしいというのが、私の個人的な希望である。
2005.2.16