悪役の裏側

 

 

 エメロード姫を愛し、その自由のために、戦ったザガート。

 しかし、どうにも解せないことがある。

 なぜ彼は、ああも悪役じみた振る舞いをしていたのだろうか。

 誰も聞いていないのに、

「果たして真の魔法騎士となって姫君を救えるかな」と呟いたり、エメロード姫に対しても、

「このセフィーロで最も強いとされた、剣闘士ラファーガに勝てるとお思いですか?」と、嘲るように嗤ったり。

 さらに、アニメでは、イノーバが「反乱を鎮圧」といった言葉を口にするなど、単に姫を守るにとどまらず、より積極的に、悪役として振舞っていたことが窺える。

 しかし、なぜその必要があったのか。

 平和が乱れたのはエメロード姫が祈れなくなったからで、ザガートが支配しているからではないのに。
 なぜあえて、悪役らしく振舞おうとする?

 町や村を制圧しておいた方が、魔法騎士の情報を得るのに有利だ、ということも考えられるが、そんなことをしなくとも、ザガートは、水晶玉で、逐一魔法騎士たちの動向を知ることができる。

 では、なぜか。

 それは恐らくーそれも恐らく、エメロード姫を守るため。

 セフィーロの人達は、「柱の悲劇」というものを知らない。だから、セフィーロが荒れて、姫に異変がおきたのではないかと推測することはできても、その真の原因までは知ることができないだろう。
 現に、フェリオ(原作)も

「事の真相を確かめるために多くの戦士や魔道士が城へ
 向かい、誰一人帰って来なかった」

と言っている。

 ここで、もしザガートが何もしなければ、姫は、城へ来た人達に、異変の原因は自分がザガートを愛してしまったことにあると告げるのではないか。
 そうなれば、「セフィーロが荒れるのは姫のせい」ということで、エメロード姫を責める人や、ザガートをセフィーロから追放しようとする人達も出てくるだろう。

 それを懸念したザガートは、セフィーロを制圧することで、民衆の敵意を自分に向けさせた。
 セフィーロに起こる様々な災厄は全て「悪者・ザガート」のせいで、あくまで姫は被害者だと思わせ、エメロード姫が人々に非難されるのを防ごうとしていたのではないだろうか。

 あの悪役然とした立ち居振る舞いも、その一環。

 それに、ザガートも、「この世界が滅んでも姫を自由にしたい」という願いを持ち、「エメロード姫かセフィーロか」でエメロード姫をとった。当然、それがセフィーロの住人からみれば「悪」であるとも考えていただろう。
 だからこそ、あえてそのように振る舞っていたという側面があるのではないか。

 ザガートの願いが叶えば、セフィーロは滅ぶ。

 だから、実際に「セフィーロに害をなす」ことで、自分の立場が「悪」であると再確認せずにはおれなかったのではないか。

 ザガートは、自分がセフィーロの住人にとって「悪」であることをしようとしていると認識していながら、そうでないかのように振舞うことは、出来ない人だと思うのだ。
 彼は、ある意味とても自分に正直で、真っ直ぐな人だと思うから。

 これはあくまでも、自分の「願い」のための戦い。

 いま眼下に広がる惨状は、全て自分の罪科であると。

 自分にも周囲にも、そう示さずにはおれなかった。

 悪役然とした振る舞いも、全てはそのため…。

 

 そういえばイーグルも、いつも、自分はランティスの意に背くことをしている敵である、と再確認しているようなところがあった。

 特にアニメでは、柱の悲劇を知りつつ、「セフィーロの柱は万能です」と繰り返し、魔法騎士にもランティスにも、「敵以外の何ものでもないのですよ」「敵が作戦を立てやすい情報を与えちゃ、だめですよ」と、ことさらに自分が「敵」であることを強調している。

 しかし、(アニメでは)柱システムが解明できればいいわけだから、最初から話し合いの道もあったはずなのだ。なのに、そのような素振りは全く見せない。あくまでも自分は敵なのだ、という立場をとり続けている。

 なぜ、わざわざそのように振舞うのか。

 …それも、おそらくはザガートと似たような理由だろう。

 ―その意志の強さ故に、己を偽れないから。

 セフィーロかオートザムかという事態になれば、イーグルはオートザムをとるだろうし、そうなった時に、それまで味方のような顔をしておいて、裏切ることはしたくないと思ったのではないか。また、相手が調査を拒んでも、退くつもりはないだろうから、最初にそうした自分の立場を明確にしてきたかったというのもあるだろう。

 そして何より、そういう形でセフィーロと合意してしまうと、柱を廃止しようとするランティスは、セフィーロをも敵に回す事になり、居場所がなくなってしまうかもしれない(今でもあまりないように見えるが…)。
 少なくとも、正面からは、戦いにくくなるだろう。

 柱制度を破壊しようとするランティスと、それを利用しようと

するイーグルとでは、どうしても敵対する立場になり、戦いは避けられない。

 イーグルとランティスが戦うのは、目的が違うからではあるが、お互いがお互いを本当に理解し信頼しているからこそでもある。

 イーグルもランティスも、自分の願いは決して変えず、必ず実行する。
 自分が自分であるがゆえに、この戦いが避けられない。

 戦うことは、この二人にとって、ある意味で相手を尊重することにつながるのだと思う。

 だからこそイーグルは、正面からランティスのいるセフィーロと戦おうとしたのではないか。

 裏切っただけでなく、戦うこともできなくしてしまうのは、イーグルにはできなかったのだろう。

 そういう形で戦う機会を奪ってしまうのは、自分とランティスへの裏切り(ランティスには二重の)だと考えたのではないだろうか。

 また、戦いの中、ことさら相手を挑発するようなことを言うのは、自分を鼓舞するためもあろうが、相手が心おきなく戦えるようにとの配慮もあるのではないか。
 イーグルはなんといっても戦士だから、本気になれない相手を本気で叩くのは気が進まないだろう。

 特に、魔法騎士達に対して、そのような配慮が見られる。

 例えば、25話で初めて直接対峙した時、イーグルは、柱についても結構鋭く切り込んでいるが、それは、ただ攻めてくる者と戦うだけではなく、柱をどうするのか考えるよう喚起しているようにも見える。

 これは、魔法騎士から、セフィーロ側の意見を聞いておくのと同時に、彼女たちが再び柱の問題に直面した時に、迷って、後悔することのないようにとの配慮があるように思えるのだ。

 互いに、心置きなく戦えるように。

 

 神官であった時は、穏やかで思慮深い人物だったというザガート。

 優しく、誰よりも強い心の持ち主であるイーグル。

 彼らは悲しいほどに、真っ直ぐだ。

 だが、デスピサロといい、世にある「悪役」にはそういう者が多いのかもしれない。

 

 

 

2006.6.11

 

 

 

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