フェリオの謎

 

 

 魔法騎士達が初めてフェリオに会ったのは、沈黙の森。

 彼は、「エスクード」を取りにいき、自分が「伝説の騎士」になれないか試してみるつもりだったという。

 これは、この時点では特に不自然な言葉ではないのだが、ことの真相を知ってから聞くと、これは実は大変なことである。

 それはすなわち、自分の姉の命を絶とうとしていた、ということだから。

 彼は、この伝説の裏に潜む真実を、知っていたのだろうか。

 そして、エメロード姫とザガートの想いに、気付いていたのだろうか。

 果たしてフェリオは、全てを知った上で行動を起こそうとしていたのか。

 それとも、プレセアのように、伝説の表面的な部分しか知らずに動いていたのか。

 それを、ここでは考えてみたい。

 そのために、まず、これに関連するフェリオの発言をまとめてみた。

 

<第一部>

a.モコナを知らなかった。
 もっとも、これはエメロード姫が魔法騎士を召喚するまでクレフも知らなかったようだが。

b.「沈黙の森」の出口を知らなかった。
 これまでエテルナに行ったことはないらしい。

c.剣の腕はかなりのもの。「ものすごく修行したのか」という
 光の問いに、「エメロード姫のために」と答える。

d.「エメロード姫が神官ザガートにさらわれた」という
 光の言葉に「やっぱりそうか」と呟く

e.エメロード姫付きのアルシオーネを「あの魔導師」と呼んだ。
 どうやら彼らは面識がないらしい。このことから、
 フェリオがアルシオーネより年上であることがわかる。

f.光達がクレフに会ったと聞いて驚く

i.「セフィーロの柱に異変が起こった時、異世界から招喚された者が
 伝説の魔法騎士となって、魔神の力を借りて戦う」
 という、柱に近しい者しか知らないはずの伝説
(伝承)を知っていた。

j.伝説の魔法騎士は異世界の人間でなければならないというのに納得がいかず、
 「エテルナでエスクードを取って、俺が伝説の騎士になれないか
 試してみるつもりだった」という。
 しかし、結局光達とは沈黙の森の出口で別れ、その後エテルナに向かった様子はない。

k.「相手が神官ザガートなら当然だ。勝てるわけがない」
 「めちゃくちゃ強い」
 と、やけに実感のこもった様子で言う。
 ザガートのことを、よく知っているかのような口ぶり。

l.「今 姫の心はセフィーロについて祈ることが出来ない状態らしい。
 だから空は荒れ 大地は鳴く」

m.「何人かの魔導師 騎士 戦士たちが 異変の原因は
  エメロード姫の身に何かあったためではと思い……
  エメロード姫を助けようと姫のいる城を目指したが帰ってこなかった」

n.「エメロード姫が異世界から伝説の騎士を招喚したということは

 異世界の者しか伝説の魔法騎士になれないというのは本当らしいな」

<第二部>

o.「魔法騎士は姉上の願いを叶えてくれた」

p.「王子といっても、剣の修行や昼寝にばかり一生懸命で
 ほとんど城へは戻っていなかったがな」

q.「俺にとっては王子なんて立場は面倒なだけだ。
 だから誰に話すつもりもなかった」

r.「姉上は…大切な人とこのセフィーロで結ばれることは叶わないと
 よく…ご存じだった。だから、せめて俺だけはと これを下さったんだろう」
 イラストからすると、フェリオがリングをもらったのは、フェリオがかなり小さい時である。

s.「俺は姉上の心からの笑顔を覚えていない。
 いつも優しい笑顔だったけれど 瞳は悲しそうだった」

t.クレフやランティスの回想に、フェリオは登場しない。

u.「悲しい伝説は姉上で終わらせなければならない。
 柱候補が見つかったとしても、柱になった者に待つ
 悲劇の可能性を告げるべきでしょう。
 そのために柱候補が…柱になることを拒んでも」

v.「俺はラファーガと時折外へ出て、セフィーロの様子を
 導師クレフにお教えしてるからな」

w.「俺もアスコットも自分の身くらいは自分で守れる」

 

 さて、これらの事実からわかること、そして推測できることを一つずつ挙げていってみよう。

 まず、フェリオがかつてのセフィーロにおいて、どういう存在であったか。彼はどの程度、城の中枢にいたのか。

 rsから、フェリオとエメロード姫は、かなり年の離れた姉弟であり、フェリオが物心ついた時には、エメロード姫は既に柱になっていたものと思われる。
 そして、
cにあるように、エメロード姫のために剣の修行を積んだのだろう。

 もっとも、pqからすると、彼はほとんど城にはいなかったらしい。
 
fで、フェリオは光達がクレフに会ったことを驚いているが、それは、彼がクレフを「そう簡単に目通りできない人物」と捉えていることの証左であり、つまりはそれだけ、一般人の立場でものを見ていることになる。もちろん、剣士であるフェリオと、魔法を授ける導師であるクレフには何ら接点がないため、あまり近しい間柄ではなかったということも関係しているのだろうが。
 
eの発言からも、彼が滅多に城に足を運んでいないことがわかる。
 彼はアルシオーネを知らなかったーそれは、フェリオが最後に城に戻ったのは、彼女がエメロード姫付きになる前だということ。

 つまり、それほど長い間、フェリオは城を空けていたのだ。
 だから、彼が「柱」周辺の事情に疎いところがあっても、不思議な話ではない。

 もっとも、いくら城から離れていたとはいえ、kから、ザガートのことは知っていたようだ。
 ひょっとすると、手合わせしたこともあるのかもしれない。

 ここでちょっと不思議なのが、フェリオがランティスについて全く言及していないことである。

 剣の修行をしたいなら、親衛隊長―ランティスあたりに教わるのがいいと思うのだが。

 ランティスが国を出てしまったのが、フェリオが剣をとるようになる前のことだったのか。
 しかしそれでは、エメロード姫がザガートに恋愛の情を抱いてから魔法騎士を招喚するまでが、いくら何でも長すぎると思う。フェリオは、アルシオーネよりもずっと長く生きているだろうに。
 それとも、単に無口・無表情なランティスと相性が悪かっただけか。

 vwからすると、フェリオはラファーガやアスコットとは、それなりに親交もあるようなのに、ランティスの名は全く出ない。
 いかにランティスが、この上なく怪しい状況で戻ってきたとはいえ、かつて親交があったなら、それなりの反応がありそうなものだ。
 まさか、フェリオが城に寄りつかなかったのは、ランティスが苦手だったからではないか…などということも考えてしまう。

 しかし、思えば二人は「柱制度」のせいで肉親をしたという点では同じ立場にいる。
 同じ立場にいる者同士、共感から友情が芽生えてもよさそうなものだが、友情どころか、心を通わせた場面さえない。
 フェリオだけではなく、
tに挙げたように、ランティスの方も、特にフェリオを意識している様子はない。

 ランティスが性格上、無関心なのはなんとなくわかるのだが、フェリオの方はどうだろう。ランティスに無関心でいられただろうか。
 複雑な感情を抱いていてもおかしくない。
 いや、それどころか、もし二人が狭量な人間であれば、「もしザガート(エメロード)がいなければ…」と逆恨みし、その肉親である互いに対して敵意を抱いていたという可能性もあり得る間柄なのである。
 まあ、二人ともその感情は「柱制度」に向かい、個人に向かいはしなかったようだが、なんとなく苦手意識は抱いているのかもしれない。

 

 さて、やや話がそれたが、これらのことを踏まえて、今回のテーマ―彼が伝説をどこまで知っていたかの検証にうつりたいと思う。

 ポイントは二つ。

 フェリオはエメロード姫もしくはザガートの想いに気付いていたか否か。

 伝説の真の意味を知っていたか否か。

 まず、前者について。

 kからフェリオはザガートを知っていたが、dで姫がザガートにさらわれたと聞いた時、口にしたのは、「まさか、あのザガートが!?」というようなセリフではなく、「やっぱり」という言葉。このような発言が出たということは、それが少しも意外ではなかった、つまり「ザガートなら姫をさらってもおかしくない」と思っていたからだろう。
ザガートは、「以前は思慮深く穏やかな人物だった」というから、そのように思わせる理由としては、ザガートの、姫への想いしかない。フェリオは、ザガートの想いに気付いていたのだ。

 また、r,sからは、フェリオがエメロード姫の想いにもまた気付いていたであろうことが窺える。

 …ひょっとすると、彼が城にあまり寄りつかなかったのは、そんな二人を見ているのが辛かったからかもしれない。

 

 さて、次に後者についてだが、そもそも、この考察をしようというきっけになったのが、jの「自分が伝説の騎士になれないか試してみるつもりだった」という発言である。
 
bから、これまでエテルナに行ったことはないらしいのにーそれは、沈黙の森が伊達や酔狂で行くようなところではない事と関係しているのだろうがー行こうというのだから、この時は本気でそのつもりだったのだろう。

 だが、ここで問題になるのがd,gである。

 このことからすると、彼はそもそも異変の原因を知らなかったということになる。
 なのになぜ、「伝説の騎士」になろうとしたのか。
 「魔神の力を借りて戦う」と伝説にはあるが、「姫がザガートにさらわれた」ことも知らず、一体誰と、何と戦うつもりだったのだろう。

 もちろん、「城に行ってみればわかる」という考えはあるだろう。

 mのように言っている事から、城に向かうには伝説の騎士でなければだめだと考えたのかも知れない。
 ただし、これと似たような発言をクレフもしていることから、真実を知っていて、魔法騎士達をその気にさせるためにあえてこのような言い方をしている、ともとれる。

 ちなみに、lからは、「異変の原因は姫の心にある」と、フェリオが事の本質を正確に捉えている事が窺える。もちろん、たまたまこのような言い回しになったという可能性もあるが。
 ただ、
gの「やっと納得がいった」というのは、「さらった相手がザガートだというのを聞いて納得できた」ととれるため、逆を言えば、フェリオは「ザガートでなければ納得できない(∵彼だけが姫の心を動揺させることができる)」と考えていることになり、それはとりもなおさず、「姫の心が乱れなければ、セフィーロが荒れることはない」という意識の表れだということになる。

 前述したように、フェリオは二人の想いに気付いていたのだから、ここで彼は、二人の恋がこの異変の原因だと気付いたことになる。

 そして、hの発言。伝説が本当だと落胆した様子を見せたのは、真実を知っているが故か、それとも単に、伝説が本当ならば自分は伝説の騎士になれず姫を救えないと思ったからなのか。

 あと、重要なのは、jにあるように、彼が結局エテルナへは行かなかったこと。
 魔法騎士と会い、伝説が本当であることを知ったからー。
 しかし、これはいささか諦めがよすぎるような気もする。
 なぜ彼は、こうもあっさり伝説の騎士になることをあきらめたのか。

 伝説が本当であることを知り、そして魔法騎士達に出会って、3人を信じ、任せることができると思ったからか。自分に出来ることはもはやないと。
 それとも、「伝説の真実」を知るが故に、この異変の原因が二人の恋にあることを知り、この先には悲劇しか有り得ないことを知ったためか。姫自らが魔法騎士を招喚したのならば、もはやそれしかー柱を殺すことでしか、セフィーロを救う道はなく、それが姫の願いであることを。

 どちらともとれる。確証はない。

 

 ここで、フェリオの心境についてまとめてみよう。

まず、

というのは、ほぼ確実。

そして、これらのことから、後の3つが考えられる。

  1. 伝説の真実を知らず、とにかく異変の原因を突き止め、セフィーロを救うために、エスクードを欲していた。
    魔法騎士に会って、異変の原因は、禁断の恋に悩むザガートが思いあまって姫をさらい、そのことに姫が心を痛めたためだと推測。セフィーロを救うにはザガートを倒さねばならないこと、「異世界の者にしか伝説の騎士」にはなれないと確信する。そして、魔神なしではザガートには到底叶わぬと自覚しているフェリオは、魔法騎士を信用し、思いをたくす。
  2. 伝説の真実を知っており、姫の叶わぬ恋も知っていたフェリオは、それまでまがりなりにも平和が保たれていたセフィーロの急激な異変を訝しみつつも、原因に察しがついていたため、セフィーロを救うには「伝説の騎士」になるしかないと考えた。そして、それならせめて事情を知らない騎士よりも、姫をよく知る自分が「伝説の騎士」として姫を解き放そうと、エスクードを欲す。
    魔法騎士の説明で、姫の急激な心境の変化は、ザガートが行動を起こしたためだと納得。また、彼女たちの人柄を知り、これならその役目を任せてもいいと(それが姫自らが頼んだ相手でもあることだし)、自分は退く。
  3. 伝説の真実を知っており、異変の原因も薄々察しがついてはいたが、信じたくなかったため、フェリオは「伝説」が真実ではないと証明したかった。そのために、「異世界の者ではない」自分がエスクードを手に入れたかった。そうすれば、伝説が真実ではないということになるから。
    しかし、魔法騎士達の説明で、異変の原因はやはり姫の恋にあると確信。そして、姫が魔法騎士を召喚したことから、姫が自らの死を望んでいることを知る。こうなってはもはや自分にできることは何もないと、伝説の戦いから退く。

 

 1の場合は、「異変の原因は姫の心以外に有り得ない」と知っているフェリオが、ザガートを倒した時に姫の心がさらに乱れるであろうことを考えないはずがない、という矛盾がある。もしかして、「ザガートさえいなくなれば、一時的にセフィーロはさらに荒れるだろうが、やがて平穏を取り戻すだろう」と、楽観的に考えているのだろうか。…いくらなんでも楽観的すぎる気もするが。

 2と3は、この先起こる悲劇を知っていて、敢えて魔法騎士達に後を任せたということで共通している。違いは、魔法騎士に会う前に、エスクードを欲していた理由。フェリオの様子からすると、そこまで思い詰めているようには見えなかったので、どちらかと言えば3の可能性の方が高いだろうか。
 しかし、この先の悲劇を確信したにしては、魔法騎士達に対し、それらしい顔は見せなかった。
 …もちろん、知らない方が戦いやすい。だから敢えて教えなかったのだろう。クレフがそうしたように。
 第二部で再会した時、
oのようにプレセアと違ってやけに落ち着き払った様子だったのは、あらかじめ全てを知っていたからではないかと思えるのだ。

 どれも多少の問題をはらむが、2・3の方が、1の抱える矛盾よりは小さく思えるため、一番可能性が高いのは3だと思う。

 フェリオは二人の想いに気付いていた。

 伝説の裏に潜む真実も知っていた。

 しかし、信じたくなかった。

 だから「異世界から騎士が召喚される」ことを否定する証拠が欲しかった。

 だが、「伝説の騎士」は召喚された…。

 そういうことだったのではないだろうか。

 

 

 

2006.6.5

 

 

 

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