レイピア強化大作戦
「ククール、話がある」
突然、ディーノが話しかけてきた。
ある日の昼下がり。
折しも魔物との戦闘が終わり、一息ついていた時のことである。
「な…なんだ、いきなり」
ディーノのいつになく真剣な…いや、彼はいつも真剣だが、そのただならぬ雰囲気に、思わずたじろぐククール。
(…おかしいな。昨日のイカサマ博打はバレてないはずだけど…
いや、そもそも勝ったんだから、バレてたとしても文句を言われる筋合いはないはず。)
「…前から言おう言おうと思ってたんだ」
ディーノはひたとククールを見据え、一瞬たりとも目をそらそうとしない。
…まったく、普段どこかぼうっとした奴がこんな顔をすると、はっきり言って怖い。
一体何を言い出すつもりなのだろう。
思わず身構えたククールに向かってディーノは言った。
きっぱりと。
「…そろそろそのレイピアを卒業して、この鋼の剣を装備してくれないかな」
…なんだ、そんなことか。
てっきりもっと重要な問題を突きつけられるかと思っていただけに、ククールは拍子抜けした。
しかし、勿論それに頷くわけにはいかない。
「え?鋼の剣だって?駄目駄目。そんなの、オレには似合わねえよ。
やっぱ騎士には、レイピアみたいなスマートな剣が似合うものさ」
とククールは言ったが、ディーノは全く表情を変えず、ククールに詰め寄った。
「似合う似合わないの問題じゃない!
攻撃力の問題なんだ。
武器はまず、攻撃力第一!外見なんか二の次でいいんだ。
君の使ってるレイピアを見ろ。
この鋼の剣よりも半分以下の攻撃力しかない。
そもそも、僕の使ってるブーメランよりも攻撃力が低いなんて、どう考えても役者不足だ。
即刻買い換えるべきだ、そうだろう!?」
一気に畳みかけるように言うディーノ。
思わず身をひきそうになるククール。
「買い換えるって言ってもなあ…あれより強い聖銀のレイピアは、聖地ゴルドかサヴェッラまで行かないと手に入らないって話だぜ?」
と、なんとかディーノを落ち着かせようとするが、彼はひかない。
「…まさか、それまでずっとそのレイピアで我慢するつもり?
君はよくても、僕は駄目だ!
大体、力は僕と同じくらいあるのに、武器がしょぼいせいで、敵を一撃で仕留められないなんて、僕はリーダーとして看過できない。
君さえこの鋼の剣を装備すれば問題は解決するんだから!!」
「そうは言ってもなあ…。
鋼の剣は重いし、オレにはどうも……。」
なおもゴニョゴニョと駄々をこねるククール。
「重いですって?
何よ、私だって修行を積めば、ちゃんと鋼の剣だって装備できるようになるのよ。
なのに、騎士のあなたが重いから持てない、ですって!?
情けないわね。とんだ騎士もいたものだわ」
なんとゼシカまでディーノの援護に加わった。
ディーノになら何を言われようと平気なククールだが、意中のゼシカの言葉とあっては、さすがに看過できない。
「…いや、ゼシカ、別に重いから持てない、って言ってるわけじゃねえんだ。
ただ、ほら、剣術にはそれなりの型ってモンがあるだろ。
聖堂騎士団の剣術は、レイピアを使うことを基本にしているんだ。
素早く敵の懐に入って突くってのが、オレらの基本なのさ。
重い武器だとそれができねえだろ?
攻撃力アップどころじゃねえよ」
「じゃあ、今から剣術を変えればいいのよ。
基礎からやり直せば」
「無茶言うなよ。どんだけ時間がかかると思ってんだよ。
そんなことしてるうちにドルマゲスの方が先に見つかるって、絶対。
第一、いくらゼシカの頼みでも、そんな面倒臭い事、オレはゴメンだね。
……ああ、でも、そうだな、今度二人きりでデートしてくれるんなら……」
「……今のままでいいわ。」
ゼシカは素直に引き下がったが、あきらめないのはディーノだ。
「ククール、確かに君の言う事にも一理ある。
だから…仕方ない、君にこの鋼の剣を装備してもらうことは諦めるよ。
でも、だからと言って、攻撃力17のレイピアをこのまま許容するわけにはいかない。
なんとかして強化しないと」
「強化っていっても…これまで練金釜でいろいろ試したけど、改良の余地なんてなかっただろ?」
「うん。確かに練金釜では駄目だった。
でもね、ククール、釜に頼ってばかりじゃ駄目だと思うんだ。
直接自分の手で強化することも視野に入れないと」
「自分の手で強化…って、まさか、これに鉄でも打ち付けろっていうのか?
冗談だろ、おい…。
第一、そんなことしたら鋼の剣と重さ変わんなくなるじゃねえか」
「いや、別に鉄を打ち付けたりする必要はないよ。
確かに、現段階で攻撃力の強化は難しい。
でも、攻撃力はそのままでも、そこに何らかの付加価値があれば、十分武器として使えると思うんだ」
「付加価値?」
「そう。ほら、毒針なんかは、攻撃力は低いのに、武器としては十分通用する。それは、時々であっても敵を即死させるという追加効果があるからだ。
レイピアにも、これと同じように追加効果をもたせればいいんだよ」
「なるほど!……って、肝心のその毒はどうするんだ?
毒針に使われるような猛毒なんて、そこらに転がってるもんじゃない。
そもそもあの猛毒の製法は、一部の商人しか知らないトップシークレットだぜ。」
「うう……」
そう言われ、流石に頭を抱え込むディーノ。
「あ、でも、そこまで強力なものでなくていいなら、手に入るんじゃない?」
横から聞いていたゼシカが口をはさんだ。
「え、何か当てがあるの?ゼシカ」
勢い込むディーノ。
「当てってほどじゃないけど…ほら、この前宝探しの途中、ヘルホーネットがいっぱい出てきたところがあったじゃない。
あれのマヒ毒なんてどうかしら?」
「あ、それいいね。それなら十分役に立ちそうだよ。
流石ゼシカ!!
よし、早速採りに行こう!!」
「えっ、ホントに行くのか?
そんな面倒臭い…オレは別にこのままでも……」
「却下。君一人の問題じゃないんだから。
さ、川沿いの教会までルーラして」
「そうそう。あなたのレイピアが強化されないと、私だって困るんだから」
「わかったよハニー、そんなにオレを頼りにしてるっていうなら…」
「いいから行くわよ!!」
「よーし!!ヘルホーネット狩り作戦、開始!!」
(オレの意見は無視か……)
かくして、ヘルホーネット狩り作戦が決行されることになった。
作戦1.ヘルホーネット狩り大作戦
「いいかい?みんな、よく聞いて!
今回の目的は、あくまでもヘルホーネットの針についている毒を採取することだから。
燃やしたり氷らせたり、また風で毒粉を飛ばしてしまったりしては意味がない。
よって、攻撃呪文の使用は禁止。
剣で攻撃する場合も、針は傷つけないように。
あと、悪いけどヤンガスは、ぬすっとがりをガンガン使って、毒蛾のナイフを盗み出すべく頑張ってみて」
「わかりやした!!」
「わかったわ!」
「へいへい…」
約一名やる気のない者がいたが、言動に反して彼はきちんとやる事はやる人だというのが段々わかってきていたので、他の面々も何も言わなかった。
さて、ヘルホーネット狩り作戦の開始である。
最初はゼシカの鞭がうっかりヘルホーネットの針を直撃したり、倒したヘルホーネットが崖下に落ちて回収できなくなったりと失敗の連続だったが、何度か失敗を繰り返すうち、コツが飲み込めてきた一行は、ようやく針に傷のついていないヘルホーネットを手に入れた。
毒のないヘルホーネットも結構いるのだが、これにはしっかりと毒がある。
4人は顔を見合わせて笑い合い、早速回収にかかった。
しかし、まず針を引っこ抜こうとしたヤンガスが、誤って針先に触れ、麻痺してしまった!
そこで、他のメンバーが今度は用心して無事に引っこ抜いた…のだが、針を抜いたとたん、その穴から毒霧のようなものが噴き出して、4人はまともにそれを浴びてしまった。
徐々に意識が薄れてゆく。
…気づいたのは、教会だった。
Gが半分に減っている。
「…ヘルホーネットは諦めよう」
開口一番、ディーノはそう言った。
「あれから毒を入手するのは難しい。
これで全滅を繰り返して、新しい町についても武器が買えない、なんてことになったら、こんな馬鹿らしいことはない」
全員、無言で頷いた。
…こうして、ヘルホーネット狩り大作戦は、失敗に終わった。
だが、ディーノはまだ諦めたわけではなかった。
作戦2.毒蛾のナイフ大作戦
一旦はククールの武器強化を諦めたディーノだったが、パルミドに到着し、その情熱が再び燃え始めた。
理由は単純。
パルミド周辺に来て、モンスターがいきなり強くなったからである。
よくヤンガスはこんなところを一人で渡ってきたものだ。
そのわりには、最初に会ったときあんまり強くなかったのが不思議だが…それはさておき。
これだけ敵が強くなったというのに、ククールの武器がいまだにレイピアのままというのは、いかにも心許ない。
弓に買い換えることも考えたが、ククールは「弓はかさばって邪魔だし、剣の方が様になる」などとわがままを言うし、第一、もう剣重視でスキルを上げているため、今さら弓にかえてもあまりメリットはないのだ。使い慣れない弓では思うほどに力を引き出せず、結果として攻撃力にさほど差は生じないし、特技も使えない。それならレイピアのままの方がましというものだ。
しかし、だからといって、このままにはしておけない。
そんな時に見つけたのが、毒蛾のナイフ。
女性向けのため、ククールには小さすぎて装備できないが、これの刃についている毒をレイピアに塗れば……!!
「兄貴ぃ〜!買ってきたでがすよ!」
「ああ、ヤンガス、ありがとう。
さ、ククール、ナイフについている毒蛾の鱗粉を、レイピアの刃先に塗ってみて」
「はいはい……っと。こんな感じでいいのか?」
「いいんじゃないかな。
よし、じゃあ早速効果を確かめに行ってみよう!
みんな、用意はいい?」
「アッシはいつでもいいでがすよ!」
「あたしも、大丈夫よ」
「え?もう行くのか?
カジノがオレを呼んでるんだが…」
「みんな、用意はいいみたいだね。じゃ、行こうか」
(やっぱりオレの意見は無視なのか…)
かくして、パルミド周辺でモンスター退治にいそしむことにした四人だが、一日中戦っても魔物達は一度たりとも麻痺することはなかった。
「おかしいなあ…。もう何十匹も倒してるのに」
「兄貴ぃ〜。アッシもう眠いでがす…。そろそろ町に戻りましょう…あ、いや、兄貴が続けたいってんなら、もちろんお供しやすが」
「ククール、あなたちゃんと粉を塗ったの」
「もちろん、塗ったさ。ほら……って、あれ?
……こりゃ駄目だ。粉がみんななくなっちまってる」
「えっ!?どういうこと?」
「ううん…たぶん、戦いが終わってモンスターの血を払った時に、一緒に飛んでっちまったんじゃねえか?
それか、血糊を布でぬぐった時に…」
「えー!?じゃあ、もう最初からダメだったってことじゃない。
今までの私たちの苦労は何だったの!?」
「まあ、レベル上げにはなったしお金もたまったから僕はいいけど…
でも、それだけで粉が落ちるんじゃ、これでレイピアの強化は無理か……。まさか、一回戦うたびに塗り直すわけにもいかないし」
「とんだ無駄骨だったでがす……」
こうして、毒蛾のナイフ大作戦も失敗に終わった。
だが、「もしククールがもっと強力な武器を装備できていたら」という思いは消えることはなく、戦闘で苦戦するたびに、皆の痛い視線が突き刺さることになった。
意外と繊細なところのあるククールは、それが結構苦痛だったため、こっそり剣の修行に精を出し、誰よりもーディーノよりも早く、剣装備時の攻撃力が20もアップするようになった。
おかげで、ククールの攻撃力はディーノと互角に…いや、それ以上になり、ひとまず問題は解決した。
「何、オレの才能さ」
と、涼しい顔のククール。
しかし、サザンビークに着く頃、再び同じ問題に直面することを、彼はまだ知らない。
2005.12.4