漢ヤンガスの一番の特技
新たな仲間ククールが加わり、旅はますます順調になった。
そろそろドルマゲスの尻尾にも手が届こうかという快進撃。
しかし、そんな中、ヤンガスは一人悩んでいた。
実は彼は、敬愛する兄貴の役に立つべく、苦手な魔法を練習して、回復呪文のホイミを身につけたのだが、全く使う機会がないのだ。
ホイミは回復呪文の中でも一番簡単なもの。
だからこそ、ヤンガスにも覚えられたわけだが、それ故に、回復量も微々たるもの。戦闘中に使っても、全くといっていいほど役に立たないため、肝心のディーノからは、「戦闘中にホイミは使わないように」と言われる始末である。
加えて、聖堂騎士ククールの参入。
いくら不信心者に見えても、ククールは一応僧侶。
回復呪文の扱いはお手のもので、高度な回復呪文を次々習得し、体力を完全に回復させるベホマや味方全員を一度に回復させるベホマラー、完全蘇生呪文のザオリクまでも使いこなすようになった。
こうなると、ヤンガスのホイミなど、全く出る幕がない。
優しい兄貴は、
「ヤンガスは、ヤンガスにできることをしてくれればいいんだよ」
と言ってくれるが、ヤンガスは、敵に直接攻撃を加えることしかできない自分を情けなく思っていた。
それも、敵一体だけに、だなんて……!!
ボス戦はともかく、通常の戦闘では複数の敵を攻撃できた方がいいに決まっている。
他の皆は、複数の敵を一度に攻撃できる武器や、呪文を駆使して戦っているのに、自分だけちまちまと一体ずつの攻撃。
一応ヤンガスも、複数の敵を攻撃する技を持ってはいるのだが、これは
結局ヤンガスは、パーティーの中にあって、大きな働きができずにいたのだ。
(ああ…アッシは自分が情けないでがす……。)
ヤンガスは、お星様を見上げ、一人涙していた。
「よっ。どうしたんだ?最近ずいぶん元気ないじゃないか」
振り向くと、ククールが立っていた。
相変わらず、キザにワインのグラスなど掲げている。
―次の瞬間、ヤンガスは驚くべき行動に出た。
ヤンガスは、がばりと身を低くし、
「男ヤンガス、一生の頼みでがす!!
どうか、このアッシに、
MPを増やす方法と、回復呪文のコツを伝授してくだせえ!」と頼み込んだのだ。
これには流石のククールも驚いたようだったが、すぐに気を取り直して、事情を尋ねた。
そして、ヤンガスが現在の悩みを打ち明けると、ククールはしばしあごに手を当て考え込んだ。
「そうは言ってもなあ…呪文や
MPっていうのは、結構生まれつきの才能ってもんもあるし。そんなに気にすることないんじゃねえか?
今のままでも十分役に立ってると思うぜ。
要は、ドルマゲスとの戦いで活躍できればいいんだから。
ボス戦はヤンガスの得意分野だろ?
普段の戦闘だって、メタル相手に魔神斬りが役に立ってくれてるし。
盾にもなってもらって、助かってるぜ」
と、ククールは親切心からか、教えるのが面倒臭いからか、ヤンガスを慰めようとしたのだが、ヤンガスの心は晴れない。
「それじゃあ駄目でがす!
アッシはもっと兄貴のお役に立ちたいんでがす!!」
ヤンガスの忠誠心は、何よりも固い。
「アッシに魔法の才能がないのはわかってるでがす……。
せめて盾にでもなれればと思うんでがすが、後列のククールやゼシカの盾にはなれても、同じ前列の兄貴の盾にはなれやせん。
それに、それも十分じゃねえでがすし……。
でも、もしベホマを覚えることができたら、アッシも兄貴のお役に立つ事ができやす。
あまり何度も使うことはできねえでしょうが、アッシはこの通り動きがのろいでがすから、敵が兄貴を傷つけた、そのすぐ後に怪我を治して差し上げることができると思うんでがす…」
ヤンガスのつぶらな瞳が、キラキラと輝いている。
流石のククールも、この瞳に見つめられては、あまり無下にする事はできないと思ったのか、少し真剣な顔つきになった。
「しかし、ヤンガスにベホマってのはなあ……。
それよか、盾になることを考えた方がいいんじゃねえか?
確か、そんな特技があったと思うぜ」
さらりと酷いことを言っているようにも見えるが、別に悪意があるわけではない。
ククールとしては、これでも親切のつもりで言っているのである。
「ほ…本当でがすか!?それはどんな特技なんでがす!?」
そして、素直なヤンガスは、喜んでそれに飛びついた。
「昔、ちょっと本で読んだんだが…『におうだち』っていうらしいぜ。
なんでも、味方の前に立ち塞がって、敵の攻撃を一身に受ける特技だとか。
直接攻撃はもちろん、呪文や炎・吹雪みたいな全体攻撃のダメージも、全部この特技を使った奴にいくみたいだから、他の味方はノーダメージで攻撃に専念できるってわけだ。
もちろん、におうだちした奴のダメージは大きいから、体力のない奴が使うと、すぐ死んじまうって話だが。
ヤンガスは、体力だけはあるんだし、ぴったりなんじゃねえか?」
ククールの言葉に、ヤンガスのテンションはみるみる上がっていった!!
「それ!!それでがす!!!
それこそ、アッシの求めていた特技でがす!!!
で、どうすれば覚えられるんでがすか!!?」
「そうね。味方の前に立ちはだかるって言うけど、私たちだって、いつも一カ所に固まっているわけじゃないし。
敵だって、別に前だけにいるわけじゃなくて、前、後ろ、横から一斉に攻撃してくることだってあるわ。
それを、どうやったら全部防ぐことができるっていうの?」
いつからそこにいたのか、二人の話を聞いていたらしいゼシカが疑問を口にした。
「俺にも詳しいことはよくわからねえんだ。
何せ、ちらっと本で読んだだけだから。
でも、確かこれ、もともとは聖騎士の技なんだよ。
僧侶の技と武闘家の技を極めた者のみが使えるっていうから、結構難しい特技なのかもしれないぜ」
「…ククール、アナタ一応聖堂騎士なんでしょう?
その特技を覚えてみようとか思わなかったの?」
「オレ?オレはごめんだね。
他人の盾になるなんて、まっぴらだし。
ま、君の盾にならなってもいいけどさ、ゼシカ。
でも、他の奴の面倒までは見きれないぜ。
オレとしては、におうだちなんかより、受け流しを覚えたいところだね」
「……ほんっとに聖職者とは思えない発言ね。
ま、あなたらしいとも言えるけど。
でも、もし受け流しを覚えても、私に攻撃を受け流したりなんかしたりしたら、承知しないわよ!!」
「大丈夫さ、ゼシカ。
君には幸運の女神がついている。そんなことにはならないはずさ」
と、話が次第にそれていく二人。
「そうでがすか…難しいんでがすか…。
やっぱりアッシには、無理なんでがしょうか……」
そんな二人も目に入らない様子で、落ち込むヤンガス。
「大丈夫よ、ヤンガス。
あなたには、ある程度武闘家としての心得もあるし、ホイミも使えるんだから、なんとかなるわよ」
楽天的なゼシカが、慰めを口にする。
…ヤンガスを盾にすることにためらいがないあたり、ククールとは似たもの同士なのかもしれない。
「でも、いっぺんに全部の攻撃を受けるとなると…やっぱり、風のように速くとび回れないと駄目でがしょう?
アッシ、力には自信がありやすが、速さにはどうも…」
「そうとは限らないんじゃないか?
どんなに修行を積んだって、人間の足じゃあ、瞬間移動なみってわけにはいかない。
もちろん、ある程度の素早さは必要だろうが、俺としては、この特技の習得に、武闘家だけでなく僧侶の技を極める必要がある、という点にもっと注目すべきじゃないかと思うぜ」
「そうね。普通に考えれば、敵の攻撃をひたすら受けるって特技に、僧侶の技は必要ないはずだもの。
ねえ、どうかしら?
これからちょっと、トロデーンの図書館に行って、調べてみない?」
―というわけで、一同は、トロデーン城で、特技「におう立ち」について調べることになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あった!これね!」
ゼシカは、「古の特技100」と書かれた本を手に取った。
目次には、しっかりと、「におうだち」の項目がある。
かなり古い本で、ところどころ文字がかすれていたが、読めないことはなさそうだ。
早速全員で解読にとりかかった。
そして。
「なになに……。
におうだちとは、自分の周囲に特殊な空間、すなわちゾーンを作り出し、特殊な力を発生させて、特定のエネルギーをそこに引き入れることにより、味方にかわって敵の全ての攻撃を我が身に受ける、自己犠牲の技である…?」
「成程、自分が攻撃に当たりに行くんじゃなくて、攻撃の方を自分に引き寄せるのね!」
「ヤンガスゾーンでがすな。げーすげすげすげすげす!!」
ヤンガスのネーミングセンスについてはさらりと黙殺して、ククールは続けた。
「―敵の攻撃を全て我が身に受けるため、体力のないものはすぐに倒れてしまう。
よって、この技の習得には、まず、人一倍体力を身につけねばならない。
そのため、この技の習得を目指すものは、武闘家としての鍛錬を積む事が求められる。
また、この技を使うには、身を挺して仲間を救うという自己犠牲の精神だけでなく、特殊なゾーンを作り出すため宇宙の理を知る必要がある。
故に、僧侶としても優れていなければならない。
この技の習得を目指す者は、武闘家と僧侶、双方の技を極める必要がある。
……だとさ」
「体力については問題ないわね。あとは、宇宙の理って奴だけど…」
「さっぱりわからないでがす」
首を傾げる二人。
「宇宙の理とは…駄目だ、ここから先は、文字がかすれてて読めねえや」
その言葉に、ヤンガスもゼシカも落胆のため息をついた。
「まったく、肝心な所で役に立たないんだから!」
「ま、世の中なんてそんなものさ。
そろそろ夜も更けてきたことだし、とっとと帰ろうぜ」
「そうね。なんだか急に眠くなってきちゃったわ」
「ああ…やっぱりアッシに仁王立ちは無理だったんでがしょうかねえ……」
「気にすることないわよ、ヤンガス。
その人情スキルをもっと上げていけば、そのうちきっと素晴らしい特技が身に付くはずよ。メガンテとか……」
「そうそう。じゃ、戻るとしようか。
皆さん、どうぞ近くにお集まり下さい」
「ちょっとククール、その手を放しなさいよ!」
「……ルーラ!!」
こうして、一同は宿屋のそばまで戻ってきた。
するとそこには、なんと腕組みしたディーノが待ち構えていた。
「こんな時間にみんなして、どこに行ってたんだ?
一応出かける時には、一言断ってくれないと困る。
夜には夜しかできないことがあるっていうのに。
目が覚めたら誰もいないんだから、全く!
また事件にでも巻き込まれたんじゃないかと思って、大変だったんだから。
おまけに今晩は、夜にしか出現しないモンスターを調べて回ろうと思ってたのに、もう夜明け近いじゃないか!!」
と、どうやらかなりご立腹の様子。
それに対し、ククールは一つ肩を竦めてみせただけ。
ゼシカは素直に謝ったが、特にダメージを受けた様子はない。
ディーノの怒りが最も応えたのは、もちろんヤンガスで、涙ながらに謝った。
「兄貴、ククールとゼシカを叱らねえでほしいでがす……。
アッシが二人に頼んだんでがす…。」
と、泣きながら謝罪する彼を、もともとお人好しのディーノのこと、どうして強く責められようか。
「ま…まあ、わかったんならいいよ……。
ちょっと僕も強く言いすぎたかな。
だから、ほら、もう泣くなよ」
とオロオロし、早くもお人好しぶりを発揮している。
そして、徹夜した四人はゆっくり眠るために宿屋へと入っていった。
そして、夕方までぐっすりと眠った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―もし、ヤンガスが泣いて謝らなければ、ディーノのこと、徹夜明けにも拘わらず、全員死にそうになるまで町の近くでのレベル上げを決行したかもしれない。
助かった、とククールは思った。
モンスター相手に仁王立ちができなくても、人間からの攻撃を防いでくれるだけで、十分ありがたい。
マイエラ修道院にヤンガスがいたら、さぞかし重宝したことであろう。
…いや、やはりマルチェロには何の効果もないかもしれないが。
もし、自分に仁王立ちが使えたら。
…あの時、オディロ院長やマルチェロを守ることができたかもしれない。
そんな思いはあったが、昔も今も、ククールには、仁王立ちを習得する気は毛頭無かった。
……このまま。
マルチェロに無視されたまま。
腐った修道院に閉じこめられたまま。
死にたくはないと、そう思ったから。
それに。
今はもう…オディロ院長は、いない。
何故、わざわざ他人の盾になってやらなきゃならないのか。
自分の身さえ守れればそれでいい。
修道院では、悪いことは全部誰かに押しつけるのが当たり前。
自分から盾になるなんて、間抜けもいいとこだ。
……でも、悪い気分じゃない。
そういう人間を見るのは。
悪い気分じゃない……。
隣では、ヤンガスが大いびきをかいて眠っている。
自分の半分程の身長しかないこの男が、自分を庇った。
特技としての仁王立ちが使えなくても、ヤンガスはもう……。
知らず、ククールの口元には珍しく柔らかな笑みが浮かんでいた。
彼に、神の恵みがありますように……。
2005.12.31
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