おとぎ話・まあるいお月様

 

"まんまるお月様がきれいな夜は こっそり夜更かし してごらん。

どこかにきっと あるはずよ。

夜しか見えない 秘密の扉。月夜の晩しか 開かない扉。

かけっこに出かけた丘の上 みんなで木登りした山の上
夜中にこっそり探してごらん。

夜しか見えない秘密の扉。月夜の晩しか 開かない扉。

もしもあなたが見つけたら

扉をそっと開いてごらん。きっと願いがかなうでしょう。"

(The fairy tale of Askanta)

 

 

 

★けなげな少女の話

 

 むかあしむかし、小さな村に、セルシアという貧しい少女が母親と二人きりで暮らしておりました。

 セルシアのお母さんは長い間病で伏せっており、セルシアは花売りをしながらお母さんの看病をしていました。

 しかし、冬になると、なかなか花も見つかりません。

 お母さんの具合も悪くなるばかりです。

 そこで、セルシアは、川沿いの丘の上まで薬草を摘みに行く事にしました。

 丘へはこれまでも何度か花を摘みにいったことがあり、薬草もあるのをセルシアは知っていたのです。

 しかし、外は寒く、雪が積もっているため、丘にたどり着いた時にはすっかり辺りは暗くなっていました。

(こんなに暗くて、見つかるかしら……)

 セルシアは途方に暮れましたが、そんなセルシアに、お月様は優しく微笑んでくれました。

 そう。今夜は満月だったのです。

 まあるいお月様が顔を出すと、月光が雪に反射して辺りがキラキラと輝いて見えます。

 これなら、お日様が出ていなくとも、手元はよく見えます。

(お月様……ありがとう)

 セルシアが、心の中でそうお礼を言った時でした。

 ふいに、足元の影が長く伸びたような気がしたのです。

 見ると、丘の上にぽつんとたった小さな壁に、ながながと伸びた影が不思議な扉を形作っているではありませんか。

 セルシアは近づいて、扉に触れてみました。

 すると、なんということでしょう。

 ただの影だったはずの扉が開き、気づくとセルシアは、不思議な場所に立っていました。

 お月様がたくさん出ている、不思議な不思議な世界です。

 どこからかハープの音まで聞こえてきます。

 音の方へしばらく歩いていくと、小さな建物が見えました。

 そっと入ってみると、たくさんの楽器が歌っていました。

 そして、その真ん中で、ハープを持ち、一際美しい音色を紡ぎ出している人がおりました。

 いえ、人なのかどうかはわかりません。

 月の妖精でしょうか?

 彼は、ゆっくりとこちらを振り返ると、滑るようにやってきました。

「私はイシュマウリ。月の光のもとに生きる者。

 私の世界へ ようこそ」

 優雅に会釈するイシュマウリ。

 セルシアはびっくりして、口をきくこともできずにいました。

「さて いかなる願いが月影の窓を開いたのか?

 そなたの靴に聞いてみよう……」

 イシュマウリがハープを奏でると、周りの楽器も皆高らかに歌います。

「…そなたの母親が、長く病に伏せっていると?ふむ…。

 死んだ人間を生き返らせる事はできないが、生きている人間の病を治すことならばできる。

 さあ、私をそなたの村へ。病に苦しむ人の子のもとへ連れていっておくれ」

 セルシアがイシュマウリと共に先ほどの窓をくぐると、いつの間にか家の中にいました。

 ……扉を開ける前は、確かに丘の上にいたはずなのに。

 イシュマウリは、母親のもとに音もなく近づくと、ゆっくりと曲を奏で始めました。

 病に伏せっていた母親の顔色が、みるみるよくなっていきます。

「私はイシュマウリ。

 月の世界に生まれしもの。月の世界を作りしもの。

 そして人々の嘆きを癒すものでもある。

 セルシア。この小さき人の子に月の加護があるように」

 

 目が覚めた時、セルシアは自分の家のベッドの上に寝ていました。

 窓からは眩しい光が入ってきています。

 ……昨夜のことは、夢だったのでしょうか?

 まだ半分夢の中にいるような気持ちでセルシアが起き上がると、隣の部屋から何やら物音が聞こえてきます。

 そして、いい匂いも。

「お母さん!」

 行ってみると、そこには、元気に朝食の支度をする母親の姿があったのでした。

 こうして母親が起きているのを見るのは何年ぶりでしょうか。

(やっぱり、夢じゃなかったんだ……!!)

 セルシアは、嬉しくてたまりませんでした。

 イシュマウリが、月の神様が、奇跡を起こしてくれたのです。

 お母さんを助けてくれたのです。

 しかも、奇跡はこれだけでは終わりませんでした。

 外に出てみると、なんと、家の前には山のように満月草、月のめぐみ、そしてムーンアックスが置いてあったのです。

 これもきっと、あの月の神様からの贈り物に違いありません。

 セルシア達は、この贈り物を売って、それからずっと親子仲良く幸せに暮らしました。

 

 めでたし めでたし。

 

 

★嫉妬深いネーレの話

 

 むかあしむかし、あるところに、ネーレというたいそう嫉妬深い少女がおりました。

 ネーレは少しでも自分より優れたものが存在することが我慢できませんでした。

 ネーレのまわりには、許せないものがたくさんありましたが、中でも許し難く思っていたのは、村一番の器量好し・リースでした。

 みんなリースをとても可愛がっていて、リースのことばかり話します。

 リースさえいなければ、村一番の器量好しはネーレだったはずなのに。

 ネーレはリースのことが許せませんでした。

 リースなんか、顔にひどい怪我でもすればいいのにと思っていました。

 そして、目の前からいなくなってしまえばいいのにと思っていました。

 

 ある日、ネーレは、不思議な話を聞きました。

 満月の晩、丘に登ると月影の窓が開くのだとか。

 窓の向こうには不思議な人が住んでいて、もしその人に会えたなら、ただ一度だけ、どんな願いでも叶えてもらえるのだとか。

 

 ネーレは早速丘に登ってみました。

 そして、月が昇るとき。

 扉は開き、ネーレを不思議な世界へと迎え入れてくれたのです。

 言い伝え通り、そこには不思議な人が住んでいました。

「私はイシュマウリ。月の光のもとに生きる者。

 私の世界へ ようこそ。

 ……さて いかなる願いが月影の窓を開いたのか?」

 噂は本当だったのだ。

「…リースを。リースの顔を、めちゃくちゃにして。

 そして、二度と私の前に現れないようにして」

 ネーレはきっぱりと言った。

 イシュマウリはわずかに顔をしかめたが、

「…わかった。そなたの望み、叶えよう」

 そう言うと、手に持ったハープを奏で始めた。

「…さあ、村にお戻り。目覚めた時には、そなたの望み通りになっているはずだから」

 

 ―翌朝。

 ネーレは、何やら外から聞こえる騒ぎに目を覚ましました。

 もし昨夜のことが夢でないのなら、もしかして……。

 行ってみると、村の人は、リースが顔にしたというので大騒ぎでした。

 何でも、花瓶が落ちてきたのだとか。

(―いい気味)

 自然と笑みがこぼれます。

 リースに会う事はできないため、その様子を直接見る事ができないのが残念でしたが、想像するだけでネーレは嬉しくてたまりませんでした。

 リースは今に、自分の顔に耐えられなくなり、村を出て行くことでしょう。

 

 …でも、ネーレの思い通りにことは運びませんでした。

 それから一月後、なんとリースの怪我はすっかり治ったというではありませんか。

 驚いて見てみると、確かに、リースは怪我をしていたなんて信じられないぐらい、綺麗に傷が消えていて、すっかり元に戻っていました。

 これではネーレはまた二番に逆戻りです。

(…どうしてよ。約束が違うわ……!!)

 ネーレは歯がみしました。

(あの、イシュマウリ。いい加減なこと言って。文句言ってやらなきゃ!)

 

 夕方、早速ネーレはあの丘に出かけました。

 しかし、暗かったため、途中で足を踏み外して、崖から落ちてしまいました。

 …気がつくと、ネーレは家のベッドに寝かされていました。

 身体のあちこちが傷みましたが、とりあえず大丈夫だとお医者さんには言われました。

 でも、早くリースを痛い目に遭わせてやりたくてたまらないネーレは、じっと寝ていなければならないのがもどかしくてたまりませんでした。

 そして三日後。

 ようやく動けるようになったネーレは、髪をとかそうと鏡をのぞき、思わず悲鳴を上げてしまいました。

 そこには醜い少女の顔が映っていました。

 顔に幾筋もの大きな傷痕があり、しかも、毒のある蜂にさされたのか、ひどく腫れ上がっています。

 あの美しかったネーレの面影はどこにもありません。

 ネーレはお医者さんに顔を治してくれるよう頼みましたが、治す方法はないと冷たい返事です。

 こうなっては、あのイシュマウリに頼むしかありません。

 ネーレは怪我が完全に治るのも待たず、またあの丘に出かけていきました。

 しかし、なんということでしょう。

 前に来た時は確かにあったはずの壁がなくなっているのです。

 これでは、月影の窓は開きません。

 念のため、一晩中待ってみましたが、やはり何も起こりませんでした。

 

 ネーレは、一生醜い顔のまま過ごす事になってしまいました。

 その顔でリースのいるこの村に住み続けるのはあまりにもつらかったので、ネーレは村を出て行くことにしました。

 

 こうして、ネーレは二度とリースの顔を見ることはなくなりました。

 あの月の人イシュマウリは、確かに願いをかなえてくれたのです。

 

 

★勇敢なパスカルの話

 

 むかしむかし、あるところに、とても悪い王様がいました。

 勝手に町の外に出ても死刑、夜家の外に出ても死刑。

 朝起きるのが遅れても死刑です。

 人々は、みんなこの王様に苦しめられていましたが、王様が怖かったので、文句を言う事もできず、震えながら暮らしていました。

 しかし、パスカルは違いました。

 パスカルはとても勇敢で優しい若者で、小さいときから、困った人を見ると助けずにはいられない性格でした。

 パスカルは、なんとかこの悪い王様をやっつけて、みんなを助けてあげたいと思っていましたが、王様には家来がたくさんいるので、パスカル一人では、とても王様をやっつけるのは、無理です。

 そんな時、パスカルは不思議な話を聞きました。

 満月の晩、丘に登ると月影の窓が開き、月の世界に住む不思議な人が、どんな願いでも叶えてくれるのだとか。

 パスカルは、早速その丘に行ってみることにしました。

 勝手に町を抜け出して、もし見つかれば死刑です。

 しかし、他に方法がありません。

 パスカルは、満月の晩、日が沈み始めた頃、こっそりと町を抜け出しました。

 

 月が真上にさしかかるころ、パスカルはようやく丘の頂上にたどり着きました。

 町を抜け出すときに王様の家来に見つかってしまって、弓矢を背中に浴びたため、身体は血まみれで、息も絶え絶えの状態でした。しかし、月に願いを叶えてもらうまでは、死ぬわけにはいきません。

 パスカルは、力をふりしぼって月影の窓を開きました。

 

「私はイシュマウリ。月の光のもとに生きる者。

 私の世界へ ようこそ。

 ……さて いかなる願いが月影の窓を開いたのか?」

 そこはとても不思議な世界で、言い伝え通り、そこには不思議な人が住んでいました。

「王を…倒し……人々を……幸せに……」

 半死半生の状態だったパスカルは、それだけ言うと、その場に倒れてしまいました。

 ……最後に聞いたのは、美しいハープの音でした。

 

 気がつくと、パスカルは王宮のベッドに寝ていました。

 どういうわけか、身体の傷も綺麗に消えており、死にかけていたのが嘘のようです。

 起きあがると、

「お目覚めですか、陛下」

 と声をかけられました。

 驚いて、自分の姿をよく見てみると、何やら立派な服を着ています。なんと、黄金の冠までかぶっているではありませんか。

 寝室を出てみると、あの王様の家来達が、みな「陛下」「陛下」と声をかけてきます。

 そうです。

 パスカルはいつの間にか王様になっていたのです。

 

 こうして、悪い王様はいなくなり、パスカルが王様になったのでした。

 パスカルは、とてもよい王様になり、人々は、末永く幸せに暮らしました。

 

 めでたし めでたし。

 

 

★欲深マルドの話

 

 むかしむかし、ある所に、マルドという、とても欲深な男がいました。

 マルドはお金が大好きで、いつもお金を儲けることばかり考えていました。

 そんな時、何でも願いを叶えてくれるという月影の窓のことを聞いたマルドは、さっそくその窓があるという丘に上りました。

 

「私はイシュマウリ。月の光のもとに生きる者。

 私の世界へ ようこそ。

 ……さて いかなる願いが月影の窓を開いたのか?」

 もちろんマルドは、たくさんのお金が欲しいと答えました。

 イシュマウリはうなずいて、ハープをぽろろん、と鳴らしました。

「さあ、そなたの世界に帰りなさい。

 …そなたの望み通りになっているから」

マルドは喜んでもとの世界に帰っていきました。

 

 気がつくと、マルドは、金貨や宝石がぎっしり詰まった大きな袋を持って、砂漠の真ん中にぽつんと立っていました。

 ぎらぎらと太陽の照りつける砂漠はとても暑くて、じっと立っているだけでくらくらしてきます。

 マルドは一生懸命袋を背負って歩きましたが、飲まず食わずで砂漠を歩くのは、大変に厳しく、すぐに倒れてしまいました。

 袋はとても重くて、これ以上背負って歩けそうにありません。

 かといって、このままここで動けずにいたのでは野垂れ死にです。

 マルドは泣く泣く袋の中身を半分に減らし、残りは砂漠に捨てていきました。

 それでも砂漠の道のりがきついことにはかわりありません。

 もう歩けそうにない、と思った時でした。

 キャラバンが通りかかったのです。

 マルドは水と食糧、それにラクダを売ってくれるよう頼みました。

 すると、商人は、袋の中身の半分と交換なら、と言ってきました。

 法外な値段でしたが、断るわけにはいきません。

 マルドは仕方なく、宝石を半分渡しました。

 これで、せっかくもらった財宝は、だいぶなくなってしまいました。

 それでもなんとか砂漠を抜け出し、ようやく自分の家に帰り着けると思ったとき。

 なんと、山賊が現れて、袋ごと中身を全部取り上げられてしまったのです。

 これで、せっかくイシュマウリからもらったお金が、全部なくなってしまいました。

 お月様にお願いしたら、砂漠で死にそうになったり、山賊に怪我をさせられたりして、おまけに肝心のお金までなくなってしまうなんて。

 これではあんまりだと、マルドはお月様に文句を言いました。

 すると、お月様は言いました。

「覚えておいで。欲深な人間は、酷い目にあうのだよ。

 それを教えるために、そなたに月影の窓は開いたのだからね」

 マルドは、すごすごと家に帰っていきました。

 

 

★純粋な少年の話

 

 月の世界には、イシュマウリという人が住んでいて、人間が訪ねてくるのを待っています。

 イシュマウリに会った人間は、たった一度だけ、どんな願いでお叶えてもらえるのだそうです。

 これまで、イシュマウリのもとには様々な人が訪れました。

 でも、このところちっとも人が訪ねてこないので、イシュマウリは少し退屈していました。

 そんな時、月影の窓を開く者がありました。

 イシュマウリは、喜んで迎え入れました。

 

 やってきたのは少年でした。

「あれ……?僕、木登りしてたはずなのに、どうしてこんなところに……?」

 少年は、不思議そうにあたりをキョロキョロ眺めています。

「私はイシュマウリ。月の光のもとに生きる者。

 私の世界へ ようこそ」

 優雅に会釈するイシュマウリ。

「私の世界へ来た者は、何でも一つ願いを叶えてあげることにしているのだよ。

 さて いかなる願いが月影の窓を開いたのか?」

 少年は、びっくりしてしばらく何も言えずにいましたが、やがてゆっくりと口を開きました。

「……本当に、願いを叶えてくれるの?

 じゃあ、僕…僕、いつも一緒にいてくれる、本当の家族が欲しい」

 イシュマウリが黙ってハープを奏でると、なんと少年の靴が、不思議な光を放ち出しました。

「そうか…そなたには父も母もいるけれど、そなたは自由に会うことの叶わぬ身なのだね。

 ……少し時間はかかるけれど、そなたの願いは叶えられる。

 さあ、もう人の世界にお戻り。

 やがて、そなたに新しい家族ができるだろう。

 その者は、常にそなたを思い、そなたの側にいるだろう。

 ……もっとも、君は今夜の出来事を、全て忘れてしまうだろうけれど」

 そう言うと、イシュマウリは、ハープを奏でました。

 それと一緒に、少年の意識も徐々に薄れてゆくのでした……。

 

 やがて、イシュマウリの言葉通り、少年には新しい家族ができました。

 その名をククールといいました。

 ククールは、イシュマウリの言った通り、兄を慕い、いつも兄の側にいようとしました。

 

 しかし、イシュマウリの言った通り、少年は、月影の窓のことを、すっかり忘れてしまっていたのでした。

 自分が何を願っていたのかも……。

 

 月日が経ち、少年は大きく変わってしまいました。

 少年は、弟の事が大嫌いになっていました。

 しかし、月だけはずっと変わりませんでした。

 弟のククールも……。

 

願い事が叶うのは、幸せなことなのでしょうか?

 

 

 

2005.12.9

 

 

 

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