ククールのダンス教室

 

 

 聖地ゴルドでゴールドマン狩りをして、G稼ぎにいそしむディーノ一行。
 この一帯にはタップデビルもよく出現するため、その「さそうおどり」に仲間がつられて踊らされることも多かった。
 最初こそ、「踊りながら死ぬなんてまっぴらだ」と真剣に嫌がっていた皆も、レベルが上がって全滅の心配がなくなってくると、次第に踊りを楽しむ余裕が出てきた。
 ヤンガスの珍妙な踊りに笑い転げ、ククールの絶妙なステップに拍手喝采を浴びせ。
 本人達もまんざらではない気分で、踊らされた時は、むしろ進んでリズムに乗り、自分の特技を披露した。
 そして時には、魔物そっちのけで、トロデ王まで参加しての楽しいダンスパーティーが繰り広げられることもあったのだが。

 ―ただ一人、それに加わらない人物が居た。

 誰あろう、ディーノである。

 ディーノだけは、「さそうおどり」で踊らされた時も、笑み一つ浮かべず、無表情に踊っているのだ。その動きもなんだかぎくしゃくしていて、操り人形のよう。
 ……はっきり言って、かなりコワい。
 ある日、見かねたククールがもっと楽しく踊ったらどうだ、と苦情を申し立てた。

「いや…どうも、踊りは苦手で……」

 言われたディーノは困り顔。
「踊りはな、まず楽しむ気持ちが肝心なんだぜ。
 下手でも楽しそうに踊ってりゃ、それなりにさまになるもんだ。
 男なら、戦闘中に踊りを楽しむぐらいの余裕を持つべきだと思うぜ」
 それも行き過ぎるとちょっと問題があるんじゃなかろうかとディーノは思ったが、口には出さない。

「ま、お前にしてみれば、踊りなんてどうでもいいことなのかもしれねえけど…
 でも、女性を相手にした時、踊れるかどうかってのは、結構重要なポイントなんだぜ。
 どう?オレが教えてやろうか?」

「い…いや、別にいいよ。」

「そうか?でも、馬姫様が人間に戻ったら、功労者のお前と一曲踊る、なんてこともあるかもしれねえぜ。
 そんな時、踊れないと困るんじゃないか?
 …なあディーノ?姫様をリードして上手に踊らせるのも、近衛隊長の役目だとオレは思うんだがな」

 …明らかにククールの目が笑っているような気がする。ディーノは反論しようとしたが、ふと気づくと、背後にいたミーティア姫が、なんとも言えない目でこちらをじっと見つめているではないか!
 子供の頃、ダンスの練習相手を務めてミーティア姫の足を何度も踏んでしまったことを、暗に責められているような気がして、ディーノは何も言えなくなってしまった。

 

 こうして、ククールのダンス教室が開かれた。

 ちなみに、この話を聞いたヤンガスが、「男はステテコダンスでがす!」と、敬愛する兄貴とステテコダンスを踊ることを希望したが、勿論これは一蹴され、脇でおとなしく見物することになった。
 ゼシカも、これは面白いものが見られそうだと、トロデ達と一緒に見物にまわった。

 ミーティア姫の視線にそこはかとなくプレッシャーを感じながらも、ディーノは真面目にダンスの練習に励んだ…の、だが。
 困ったことに、ディーノには、リズム感というものが致命的なまでに欠落していたらしい。
 ククールが色々教えても、なかなか上達しなかった。
 せめて笑顔で踊るようにと言っても、目が全く笑っておらず、顔をひきつらせながら口元だけが笑みを形作っている、というのも結構怖いものがある。無表情で踊るのと、いい勝負だ。
 その様子を最初は黙って見ていたゼシカも、ついにたまりかねて口を挟みだした。

「ねえククール、そのステップは、ディーノにはまだちょっと難しいんじゃないかしら?」
 と割って入り、自分の踊りを披露する。

「流石ゼシカ、いつ見ても踊りがうまいな。
 どう?ちょっと一緒に踊らないか?
 その方がディーノも、ミーティア姫と踊る時のことをイメージしやすいだろうしさ」
 ククールのことだから、下心がないとは言えないが、確かにそれも一理あるかもしれない、とゼシカは一瞬考えた後了承した。

 二人ともダンスがうまく、しかも華のある美男美女。
 トロデ王さえも感心するほど、それは見事なものだった。
 ミーティアも、どこか羨ましそうに二人を眺めている。
 それを見て、再びやる気を燃え上がらせるディーノ。

 そして、踊り終わったゼシカはククールに言った。

「ありがとうククール、こんなに上手に踊れたのは久しぶりよ。
 サーベルト兄さんと同じぐらいダンスの上手な人がいるなんて、思わなかったわ」

 ゼシカとしては、最大の賛辞である。
 それがわかるから、ククールも嬉しそうだ。

「こちらこそ。楽しい一曲だったよ。
 …どうだい、ゼシカ?
 この戦いが終わったら、一緒にダンス教室でも開いてみないか?」
 もちろん口説くことも忘れない。
 例によって一蹴されたが、それでも今日のゼシカは機嫌が良い。
 …ダンスの力は偉大だ、とディーノは思った。

 

 そして、これまでにも増して、踊りの練習に励むようになったディーノ。
 無表情はなかなか直らないものの、ステップは少しずつ上達しつつあった。

 しかし、そんなある日、トロデ王から苦情が入った。

「…これを見ろ、お前達!」

 その夜、さあ今日も食後に一曲ダンスの練習をしようかと準備を始めた時、唐突に、トロデ王から何やら大きめのグラフ用紙を見せられた。
 グラフは急激な右肩上がりになっている。

「これは、お前達が戦闘中に踊らされた確率を表にしてみたものじゃ。
 最近では、八割以上の確率で踊らされておる。
 これまでは、誘う踊りを踊られても、そんなにつられて踊ることはなかったのに…ここまで急激に、踊らされる確率が上がったのは、ダンス教室が開かれるようになってからじゃ」

 あまりのことに、しん、と静まりかえる一同。

「誘う踊りを踊る魔物は、タップデビル以外にもたくさんおる。
 もっと強力な魔物と一緒に出てくるようにもなるじゃろう。
 そんな時、この確率は致命的じゃ!!」

 ここでトロデ王は、ふう、とため息をついた。

「のう、ディーノ…わしとしても、トロデーンダンス大会で万年ビリだったお前が、踊りの練習をすることは、いいことだと思うんじゃが……今は、他にやるべきことがあるじゃろう。
 できれば、そっちを優先してもらいたいもんなんじゃがな」

 ディーノ達全員の脳裏に、初めてタップデビルに遭遇した時のことがよぎった。
 誘う踊りで踊らされている時に、全滅してしまった、忌まわしい記憶。
 踊っている時にドルマゲスに殺される、という最悪なイメージも浮かんだ。

「…そうだな。
 ククール様のダンス教室は、当分お休みにするよ」

 

 こうして、ダンス教室は中止になった。

 だが、全ての戦いが終わった後。

 諸国を旅してサザンビークに立ち寄り、ふとした気まぐれから、ククールはダンス教室を開いた。
 参加者には、なんと、あのチャゴス王子もいた。
 驚いたものの、(自分と同じく)どうせ女目当てだろうとククールは思った。…その時は。
 しかし、実際に指導してみて、彼のリズム感のなさを痛感することになる。
(王族で、小さい時からダンスを習ってるだろうに、こんなに下手とは…あいつといい勝負だな。)

 認めたくはないが、世の中に「血の繋がり」というものが存在することを、認めないわけにはいかないククールなのだった。

 

 

 

2006.3.6

 

 

 

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