お絵描きは楽し
ドルマゲスを追って旅する一行。
しかし、一向にその行く先はつかめなかった。
「情報屋のダンナの話では、西の大陸にいったってことでがすが…」
「西の大陸なんて気安く言うが、結構広いからな。
そもそも、その情報屋、本当にアテにしていいのか?
船の情報が確かだったからって、こっちもそうだとは限らないぜ」
「情報屋のダンナに間違いはねえでがす!アッシが保証するでがす!」
「ヤンガスに保証されてもなあ…」
と、ククールは例によって懐疑的だ。
「そうね。情報屋を疑うわけじゃないけど、情報源があの人だけ、というのはやっぱり心許ないわ。
できればもっと多くの人から情報を集めたいところね」
ゼシカも珍しくククールに賛意を示し、これまでよりいっそう聞き込みに力を入れているものの、どうにもはかどらない。
「おっかしいなあ…あんなに愉快な格好してる癖に、どうして目撃情報がないんだ?
派手な化粧に派手な服。長い杖を持って、おまけに宙にぷかぷか浮いてるんだ。
目立たない方がおかしいってもんだろ」
「そりゃ、ククールは酒場で女の子にばっかり聞き込みしてるんですもの。
目の前にドルマゲスがいたとしても、みんな、酔っぱらって幻覚を見てると思うに決まってるわ。
とりあえず、ククールには酒場以外のところも積極的に調べてほしいわね」
「そうは言うけど、酒場ってのは、情報収集の場所としては外せないんだぜ。
それに、他の所はゼシカ達も手分けして聞き込みしてるけど、結局駄目だったんだろ?」
「それはそうだけど……」
「行き違いになってるってことはないかな。
僕たちが聞き込みをした後、その町にドルマゲスがやって来てるとか……」
それまで3人の会話を黙って聞いていたディーノがぽつりと言った。
「もしそうだったらやっかいでがすな。
いっそ、手配書でも配った方が早いんじゃねえでげすかい?」
「手配書?」
「そうでがす。ヤツの似顔絵を描いて、見かけたらどこそこに連絡してくれ、って但し書きをつけるでがすよ。
当然、その下には賞金額も書かないといけねえでがすが」
「それはいい考えだよ!早速やってみよう!
まずドルマゲスの絵を描いて、その下に連絡先と賞金額、あ、あと、
"DEAD or ALIVE"とかも書いた方がいいのかな?」「ダメよ、ダメダメ!奴は私のこの手で倒すんだから!
他の人に倒されるなんて我慢できないわ!
書くんなら、「見かけても手を出すな」とかにしてよ」
「オレはどっちでもいいけど、ゼシカがそう言うんなら、それでいいんじゃねえか?」
「そうだね。考えてみれば、奴を倒す前に呪いを解く方法を聞き出さなきゃいけないわけだし。
じゃ、それで行こう。
連絡先は…そうだな、各地のゴールド銀行で聞き出せるように頼むってのでどう?」
「いいんじゃねえか?」
「そうね。私たちも、よくお世話になるところだし」
「アッシは兄貴の言う事ならなんでもいいでがすよ!」
「じゃ、決まりだね。
あとは、誰がドルマゲスの絵を描くか、だけど…
誰か、絵の得意な人はいる?」
そう言って、一同を見回すディーノ。
だが、誰も手をあげる者はいない。
みんな、凍り付いたように固まってしまった。
「ええっと…ヤンガスは、どう?」
気まずい空気が流れたが、言い出した手前、仕方なく話を続けるディーノ。
「ア…アッシは昔から、細かい事はどうも苦手でして…
昔、ゲルダの絵を描いて、怒らせちまったことがあるんでげすよ……」
さらに、気まずい空気が流れた。
「あ…そ、そうか。ごめん。じゃ、じゃあ…ゼシカは?」
「う〜ん、あたしも、絵はちょっと……。
サーベルト兄さんは、昔はよくほめてくれたんだけど、ポルクやマルクには「変な絵」って言われちゃったし…。
兄さんは優しいから、無理してほめてくれてたのね、きっと…」
ますます、空気は重くなった。
「じゃあ、その…ククールは?」
「う〜ん、オレも、絵まではちょっとなあ…。
どうも、あいつにけなされた覚えしか……そういうお前はどうなんだ?ディーノ」
「え…僕?
いや、僕も絵はちょっと……。
昔は好きで、よく描いてたんだけど、トーポの絵を描くと、あいつ、妙にすねてさ。
姫にその絵を見せたら『とっても美味しそうなおまんじゅう』って言われて、僕には絵の才能がないなって気づいたんだよ」
……どうやら、全員絵には自信がないらしい。
そうと知って、みんな、気まずく黙りこんでしまった。
「ま…まあ、でも、要するに、ドルマゲスだとわかればいいんだから。
とりあえず、一人ずつ絵を描いてみてさ、それで、一番うまい人の絵を使うっていうのはどうかな?
みんな、自分で思ってるより絵がうまいかもしれないし、さ」
気を取り直したようにディーノが言うと、他三人もそうかもしれないと思い直し、とりあえず、めいめいドルマゲスの絵を描いてみることになった。
モデル1:ドルマゲス
「みんな、できた?
じゃあ、そこに並べてみて」
宿屋の一室でディーノが声をかけると、それぞれが完成した絵を壁一列に並べた。
「品評会のはじまりはじまり〜ってね。
優勝者には、何か景品でも出るのかい?」
「え、景品?
そうだなあ…ドルマゲスに一番最初に攻撃する権利とか?」
「やっぱそんなんか。ま、期待してなかったけど…」
「あら。素晴らしい景品じゃない。
優勝したくなってきた…でも、無理だろうなあ」
「いいから、さっさと始めるでがすよ」
かくして、四人の、四人による、四人のための絵の品評会が始まった。
「まずは、ヤンガスだね。どれどれ……あれ、結構うまいじゃないか」
木炭でざっと描いただけのものだったが、これが実によく描けている。
ククールが思わずひゅうっと口笛を鳴らしたほどだ。
確かに、顔と胴体の比率が1:1に近かったり、杖が紙からはみ出していたりしたが、顔の部分だけを切り取って使えば問題なさそうだ。
「本当に、くやしいけどうまいじゃない、ヤンガス!
ヤンガスがこんな特技を持ってるなんて、ちょっと意外だったわ」
「へ…へへ…そうでがすか?照れるでがす」
「うん。ヤンガスがこんなに絵がうまいなんて知らなかったよ。
でも、手配書としては、モノクロだとちょっとインパクトが弱いかな……。
ドルマゲスの奇抜な格好、絶対カラーにした方がいいと思うんだけど」
「アッシもそう思ったんでがすが…
アッシ、色塗るのがものすごく下手なんでがすよ。
あちこちにはみだして、最後には何の絵だったかわからなくなってしまうんでがす。
前も、それでゲルダに怒られたんでがすよ…」
「いや、それと色とは関係ないんじゃねえか?
女性にとっては、この縮尺の狂いのほうが大きいと思うんだが・・」
「そ…そうなんでがすか?」
……がんばれ、ヤンガス。
「じゃあ、次は、ゼシカだね。
……って、ゼシカ、これ……何?」
「何って、ドルマゲスよ。わからないかしら?」
そう言われて一同はしげしげと絵を見てみたが、そこには暗い色の図柄が組み合わされた抽象的な像があるばかりで、人の形らしきものはどこにもない。ただ、おどろおどろしい雰囲気が伝わってくるばかり。
「これ…抽象画ってやつか?
ゼシカがこういうのを描くとは知らなかったな」
「アルバート家に代々伝わってきた画風なんだけど」
「意外と芸術家肌なんだな。
なるほど…それでそんなに情熱的なのか」
何やら感心するククールだが、後の二人にはさっぱり理解できない。
「芸術家…なの?
僕、てっきり、自分より下手な人がいてよかったって思っちゃったよ」
「アッシもでがす」
「失礼ね!これでも一応芸術…よ。うん。たぶん……」
「あ、ごめんごめん。
でも、これじゃドルマゲスだって見た人にはわからないだろうから、もっとわかりやすい絵の方が…」
「そうでがすな……」
シャマル・クランバートルの子孫の芸術は、一般人には理解できなかったらしい。
「それじゃあ、次は、ククール……って、アハハハハハ!
うわあ、似てる似てる!」
「そっくりでがす!げーすげすげすげすげす……!」
「ああ、おっかしい〜!!すごいわ、ククール!!」
そこには、戯画化されたドルマゲスの姿絵があった。
馬が厚化粧してそっくりかえっている。
なるほど、ドルマゲス知る者が見たら笑わずにいられない絵だ。
「オディロ院長に描き方を教わったんだ。
でも、修道院の連中にはどうも受けが悪くてさ……。
こんなに受けたのは初めてかな。
気に入ってもらえたら嬉しいよ、ゼシカ」
と、どこか満足げな様子のククール。
「ククールがこんな面白い絵を描くなんて、意外だったでげす!
ああ、笑いが、笑いが止まらないでがす〜〜!!」
「本当ね!ぜひあいつにこれを見せてやりたいわ!!
そしたら……ああ、もう駄目、おかしくて……!!」
「アハハハハ……で、でもさ、これ、ドルマゲスを見たことのない人だと、通じないかも……」
「まあな。手配書には不向きかもな」
……しばらく三人の笑いは止まらず、十分後には、皆息も絶え絶えの状態になっていた。
「最後は、ディーノだな」
「どんな絵を描いたのかしら?」
「兄貴のことですから、きっとすごい絵に決まってるでがす!」
笑い死にしそうなところをようやく生還した一同は、最後の絵にとりかかった。
「お手並み拝見……っと、何だこりゃ?」
そこには、3歳の子供が描いたような拙い絵があった。
カラフルでどぎつい彩色。
横に、絵には不釣り合いな綺麗な文字で「ドルマゲス」と書いてある。
「これ…お前が描いた、んだよな?」
一同、しばし呆然。
「そういえば、作り話だろうけど、昔、どこかの国にナルサスって画家がいて、そいつに肖像画を描かれた人物は、それを目にするとショックのあまり何十年も年をとっちまうって話があったが…これは……」
それきりククールは、言葉を発することができない。
「う〜ん、これは…想像以上だわ……」
同じくゼシカも、二の句が継げずにいる。
「あ…で、でも、この色のどぎつさなんか、ドルマゲスらしいでがすね、ははは…」
ヤンガスでさえ、誉める言葉が見つからない。
「あ…やっぱり、ほら、下手だろ?」
おそるおそる反応を伺うディーノ。
フォローのしようがない。
三人の気の毒そうな視線が一斉にディーノに突き刺さる。
……二度とディーノの前で絵の話はすまい。
三人は秘かにそう誓った。
ちなみに、ドルマゲスの手配書は、ヤンガスの描いた絵の顔の部分だけを切り取り、そこにククールとゼシカが彩色する、ということで落ち着いた。
しかし、肝心のゴールド銀行で、手配を仲介を断られたため、結局この品評会は徒労に終わったのだった。
モデル2:レオパルド
さて、ドルマゲスの絵の品評会が古い記憶となった頃。
ディーノはオークニスで、再び絵の品評会をやることを提案した。
今回のモデルはレオパルド。
一口に「黒い犬」といってもわかりにくいため、絵を見せて聞き込みをした方がいいだろうとの考えからだ。
残る三人は顔を見合わせたが、結局承諾した。
ただし、ディーノは不参加という条件付で。
ディーノも自分のことはわかっているらしく、気を悪くした様子もなく納得した。
そして、出来上がった絵を見てみると……
ヤンガスの絵は、炭の塊だった。
色をつけたほうがいい、というディーノのアドバイスを忠実に守ったためらしい……。
ゼシカは、ご先祖様の話を聞いて彫刻に目覚めたらしく、絵ではなく彫刻を提出した。
あまりやったことがないというが、なかなかどうして、よくできている。
ただし、実物の二分の一のサイズで制作したため、持ち運びが困難という欠点があるが。
そして、ククールの描いた絵は。
一面、真っ黒だった。
「ククール…何だい、これは?」
ヤンガスのようにはみ出したわけではなく。
紙一面、一分の隙間もなく真っ黒に塗り潰されているのだ。
そう聞くのが当然である。
「わからないか?」
なおも首を傾げる一同に向かい、ククールはニヤリと笑い、言った。
「闇夜のレオパルドさ」
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楽しい時間を過ごせはしたが、結局、このメンバーでまともな手配書をつくるのは無理だ、という結論に全員が落ち着いた。
そして、レオパルドの手配書は、トロデ王に作成してもらうことになったのだった。
「最初っからわしに頼めばよかろうに…
これも、下手の横好きという奴かのう……」
ブツブツと文句を言いながらも、どこか満足そうなトロデ王だった。
――――――★補足★――――――――
ナルサスの話は、「アルスラーン戦記」(田中芳樹著)から。
「闇夜のレオパルド」は、ご存じ、「闇夜のカラス」からです。
2005.12.5