ゼシカの仕返し

 

 

 新たな大陸へと歩を進めて、厳しい戦いを繰り広げ、一息ついた後。
 ディーノ達の間には、穏やかならざる空気がたちこめていた。
 その空気の源は、ゼシカ。

「…ほんっと、信じられない!それでよく、聖堂騎士なんて言えたものね!!」

 その原因を作ったのは、誰あろう、ククールである。
 その日の戦闘で、ゼシカが死にかけた時、ククールが自分の治療を優先させたのが、事の発端である。
 他にも、ククールが眠っている魔物に攻撃して目を覚まさせ、しかもそれを仕留め損なったせいで致命傷を負った、みんなが真剣に戦っている時に、一人だけ無意味な特技を試していた、ステテコダンスを目にしたら必ずひっくり返って使い物にならなかった、などと、不満はどんどん募っていき、ついに爆発した、というわけである。

「ま…まあまあ、ククールも悪気があったわけじゃ…」
と、なんとかなだめようとするディーノ達だが、

「いいえ、ククールにはここでビシッと言っておく必要があるわ!
 それに!ディーノがリーダーとしてちゃんとククールに指示できていれば、戦いがこんなに大変にならずにすむのよ!
 ヤンガスも!みんな、ちょっと気合いが足りないんじゃない!?」
と、逆に火の粉が飛んでくる始末。
 ゼシカが恐ろしくて、皆何も言えなくなってしまった。
 ククールの無事を内心で祈りつつ、こっそりとその場を立ち去るディーノとヤンガス。

 一人残されたククールは、しかし、平然としている。

「いや、騎士たるもの、時にはみんなを救うため、非情な選択をしなければならないものなんだぜ。
 この中で、蘇生呪文が使えるのは、今のところ、オレだけだ。
 万一オレが死んでしまったら、回復役もいなくなって、本当に全滅しかねない。
 ゼシカに何かあっても、後でちゃんと助ける自信があったから、ああしたんだ」

「どうかしら?あんたの言う事なんて、信じられないわ。
 いっつも逃げ足だけは速いしね」

 ゼシカの皮肉も、いつもマルチェロのイヤミにさらされ続けてきたククールにとってはそよ風同然、一向にこたえる様子がない。

 

 ―そんなククールに業を煮やしたゼシカは、ついに、実力行使に出た。

 

 その日の祈りと、冒険の書への記帳の役目は、ククールの当番だった。
 それが終わって一夜明けた後、ククールは、思わず我が耳を疑った。

「おお、へっぽこ騎士、よくぞ戻った」

 ……誰の仕業かは、考えなくてもすぐにわかった。
 ククールが休んでいる間に、まだ怒りのおさまる気配のないゼシカが、冒険の書の名前を書き換えたのだろう。
 一度イヤミを言われたことをいつまでも根に持って、マルチェロのことをずっと「(二階から)イヤミ男」と呼び続けているゼシカのことである。
 ククールは、この「仕返し」が、当分の間続くことを予感した…。

 

 ククールの悪い予感は、よく当たる。
 自分でも、うんざりするぐらいに。

 

 その日から、ゼシカは、いつどこであろうと、ククールを名前では呼ばず、自分の考えたあだ名で呼び続け、宿帳の名前なども、あだ名に書き換えるようになった。

「トルネコもどき」

「イカサマ軽薄男」

「ニワトリ男」

「バカリスマ」

「寝る時は毛布だっこ」

「赤い敗勢」

「ジゴスパーク魔」

 ゼシカの考えるあだ名は…ヤンガスほどではないものの、その微妙な言語感覚の産物に接していると、さすがのククールも、神経がまいってきた。
 シスターに、「よくぞ戻られました、へっぴり虫さん」などと言われた時は、特に。

「…ゼシカ、オレが悪かった。今度からは君の回復を最優先するから、あだ名をつけるのをやめてくれないか…?」

 やや疲れた様子で全面降伏するククールを見て、ゼシカは怖い、自分たちも気を付けよう、とディーノとヤンガスは思うのだった。

 

後日談

 ゼシカとケンカしたヤンガスが、この一件を思い出し、同じような仕返しを試みたが、ゼシカには全く通用せず、逆襲されてヤンガスはたちまち白旗をあげた。
 ―恐るべし、ゼシカ。

 

 

 

2006.3.10

 

 

 

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