闇と栄光

 

序章

 

 

 窓の外から、楽しげな声が聞こえてくる。

 きっと、アンジェロ達がまた庭で遊んでいるのだろう。騎士団ごっことか言って。

 ……マルチェロは、一つため息をついて、また書物に目を落とした。

 羨ましいとは、思わない。ごっこ遊びなんてくだらない。

 自分はアンジェロなんかよりも、将来遙かに重要な役目をこなさなければならないのだし、そのためにはもっともっと勉学に励まなければならない。

 今勉強することは、ごっこ遊びなんかよりも、遙かに意義…そう、意義のあることだ。

 自分は、同年代の子の誰よりも意義のあることをしているのだ。

 そう思い、再び目の前の書物に取り組もうとするが、やはり、どうしても外の声が気になる。

 …自分だったら、もっと。もっとうまく「強い騎士」を演じてみせることができるのに。

 もし自分があの中に入ったら、アンジェロなんか、簡単にやっつけることだってできるのに。

 なのに、子供達の中心にいるのはアンジェロであり、マルチェロではないのだった。

 ………嫉妬?

 ばかばかしい。

 なぜ、自分がアンジェロに嫉妬しなければならない。

 確かにアンジェロは勉強せずに遊んでいるが、あれは、勉学をさせてもらえないだけだ。

 確かにアンジェロは毎日両親と会っているが、それはアンジェロが使用人の子供だからだ。

 …自分とは、違う。

 

 マルチェロは、このマイエラ地方一帯を治める領主の一人息子だった。跡取りとして常に期待される立場にある。

 父親は、たまにしか顔を見せなかったが、顔を合わせるたびに、跡取りとして恥じない男になれ、そうでなければお前には価値がないのだと言った。
 …もっとも、そう言う父自身は、遊んでばかりいるようにも見えたが、皆が父を敬っているところをみると、きっと自分にはわからない所で何か立派なことをしているのだろう。

 マルチェロは、将来は父のように皆の尊敬を集める男になるべく、努力し、父親の期待に応え続けた。

 …価値のない男には、なりたくなかった。

 父は、マルチェロの優秀さを聞き、ことあるごとに皆の前でそれを自慢し、褒め称えた。マルチェロには、それが何よりも誇らしかった。

 

(それに、…こうやって成果を上げれば、母様に会わせてもらえる。)

 

 マルチェロは、父ばかりか、母の顔も自由に見ることはできないのだった。

 母親は、奥の建物に住んでおり、マルチェロは、その建物に近づく事を禁じられていた。ただ、時折―マルチェロが勉学や剣術で良い成績を上げると、会う事を許された。

 そしてそれが、マルチェロの何よりの楽しみだった。

 

 そう…その時の喜びに比べれば、騎士団ごっこなんて、本当にくだらない。大体アンジェロは、いつも禁じられたことばかりして、大人達に怒られてばかりいるじゃないか…。

 マルチェロは、今度こそ本当に窓の外への未練を断ち切り、書物に集中した。

 

 

ただ…もし。兄弟が…弟でもいたら。自分も楽しいかもしれない。

もし、弟がいたら。

たくさん遊んでやろう。

いろいろなことを教えてやろう。

勉強を教えてやろう。

剣術も。

世界で一番仲のいい兄弟になるんだ……!!

 

 

 2005.9.9

 

 

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